Daily?DayLeevol.166(2012年5月)
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5月10日(木) 「体の知恵」 今日は五月らしい、気持ちのよいお天気だった。風がひんやりして、陽が
沈んでからは開けていた窓を閉めた。今日期限の仕事を今しがた済ませ、窓越しに暮れゆく瑠璃紺の空が映る。今の時間、外に出て、空を見ながら、御堂筋など
を歩くといいだろうに。今日はタイミングを逸す。でも、五月の風にはふれた。目を休めお向かいの円庭へ。ベンチで新聞を読む。ビルの谷間に、木洩れ日と風
と枝葉の波音。ほんのわずかな時間、それでも、回復する英気。やはり自然は大したもの。
自然が大したものなら、人間の体も大したもの。自然に呼応するだけの力がある。それこそ昨夜聞いた「体の知恵」か。起業準備を進めているフェルデンクラ イス指導者のお話。進化の過程で人間の身体には自分で自分の体を回復させる知恵があると。「体の知恵」、なかなかいい言葉。『皮膚は考える』(傳田光洋 岩波科学ライブラリー)に、脳細胞と同じ細胞が皮膚にあると書いてあった。時間によって治療や投薬の効果が違うという時間治療の認知度も高まっている。 わかっていないことはまだまだたくさんあるはず。いずれ様々な研究者がさまざまな根拠をいずれ示してくれるけど、何より誰でも自分の「体の知恵」にたず ねて、その知恵を駆使することが大事。日常の生活の中で、ちょっと意識していると、気づくことが多々ある。朝型がいいと言っても、日の出時間よりもあまり 早く起きると、睡眠時間は多くても、日中に眠気がさすとか、草木の育て方と肌のケアは合い通じるとか。「体の知恵」、ちょっと意識してみましょうか。 |
2012年5月15日(火)夕、雨にあらわれてバラが綺麗だろうと帰り
にうつぼ公園へ。思い通りの姿。![]() |
5月3日(木) 知の編集 大型連休後半のスタート、大阪の空は曇り。風はちょうどよい肌心地。向
かいのJR西日本本社ビルの木々が清々しい。当ビルの大きなガラス窓を額縁に新緑が映る。今のところ同じ階で出社しているところなく、廊下から写真を撮
る。休みの時のこういう静けさがいい。ビル内はしーんとして、空間を広々を使っている気になる。じっくりデスクワークできる。五月、藤が咲いているはずだ
し、杜若もそろそろ。どちらも逃すかもしれないけど、一段落したら、ひと休みしようと。
こうして自分で予定を調整できる身はよい。昨日三年ぶりにあった知人は介護との両立。いま介護の真っ只中という友人知人が回りに多い。当方は一足先に役 目を終えたが、介護の現実は想像できて、だからこそ息抜きに誘おう思いつつ、そんなどころではないだろうと、控える。介護はする側もされる側も葛藤が多 い、負担が大きい。でもその先に救いもある。福祉の世界に入って十数年になる友人がいつか話していた。長年親の介護をして看取った女性の中に起業する人が 少なくないと。自己実現につなげている人がいると。 介護の労苦が時間を経て、その人の精神的な次元を変える。人の生き死の現実生活の中で、いつのまにか自分の身に備わった新しい力。それは精神力でもあ り、技術力でもあり、行動力でもあり。総じていえば、自分の中にみるこれまでと違う自分。そこに端を発し、起業を考えたことのない人が、起業する。こう書 きながら、“これか・・”と思いあたる。 日経夕刊「ひと」に連載されていた編集工学の話。ご当人のことは前から知っているし、偉大さも了解しているし、“編集”の意味するところも理解している つもり。でも、何か違う気がする。何だろうと昨日の最終回の夕刊を、今朝地下鉄の中で読みながら考えていた。何がひっかかっていたのか、それが介護の話と つながった。目に見える形で知の編集はできなくても、その過程をアウトプットできなくても、精神と肉体の中で複雑に垣根なく処理される知そのものの価値は 変わらない。 知の編集が人知れず行われ、その一つの結果だけが見える。例えば、先に書いた起業のように。だから、結果をみて、その人の知の有り様に想像力を働かせる ことも大事。時々思い出すことの一つに、柳田國男が語ったという話。いわく、知は書物などの媒体に刻まれたものだけにあらず、名も無き人々の中に刻まれた ものを含めて、知なのだと。そういったことをふまえながら、知の編集に磨きをかける努力はしなければと思う、祝日出の5月3日。 |