ホーム 新着情報 業務案内 中国民族音楽 二胡の世界 黄土高原交流
モモの音楽日記 アジアの微笑み 上海コレクション オフィス・エー便り 中国民族音楽の旅 リンク集

モモの上海音楽留学日記

[モモのプロフィール]

 魚座。偶然二胡を手に入れたことから中国音楽に関心を持つことに。最初は二胡を学んでいたが、中阮を弾きたくてオーケストラ華夏に入団。しかしいつの間にか柳琴担当になる。
 2001年9月、長年のサラリーウーマン生活を捨て上海音楽学院に留学、柳琴・中阮を呉強老師に師事。2003年より中国政府の奨学金を得てさらに留学を延長、深遠なる音楽道を極めるべく、一歩踏み出したばかりである。

→モモの上海音楽留学日記(01年10月〜03年8月)はこちらへ

新・モモ日記その1〜その5  新・モモ日記その6〜その10  新・モモ日記その10〜その15

その・20  寮の引越し 06.2.3
 ――申し訳ありません。本文にもあるとおり忙しかったので遅まきながら日記は送ることができたのですが、なんとまたパソコンの調子が悪くなり写真を送ることができなくなりました。ということで今回は写真なしです。くやしいこの胸中お察しください。  モモより――

 悪戦苦闘の半年でした


  新年好! 皆様お久しぶりです。このところずっと忙しくて、8月以来日記もすっかり滞っております。教えてくれていた同学が卒業したため長い間休んでいた古箏も再開し、呉強老師もやっと時間を割いて中阮のレッスンを再開して下さったため、今は柳琴・中阮・二胡・古箏の四重苦(?)状態。留学最終年ということで、老師達もとても気合いを入れてレッスンして下さっていて、ばんばん宿題を出されるし、一度すべての楽器で同時に新曲を渡された時には死ぬかと思いました・・・。ま、充実していると言えば充実した日々を過ごしております。

 今やっと冬休みに入りホッとしたのも束の間、呉強老師からは「アンタは日本に帰るとダメになるから、二週間以上の帰国は許しません!」と言い渡される始末。・・・はい、仰せの通りでございます・・・。だもので、中国の新年もこれが最後だし、春節を中国で過ごしたあと(ちなみに春節は1/29、もう過ぎております・・)帰国、2/27から始まる新学期の前に戻って来ようかと思っています。

 そんなわけで、本来ならば8月のウイグル旅行記、新学年からの授業の様子や上音理髪室、そして先日広州に寧勇老師を訪ねに行った話、他にもご紹介したいネタは山ほどあるのに、なかなか日記を書く時間がなく、申し訳ありません。とりあえず今回は、9月の寮の引越の話から。

 中国式突然の引越通達

 寮の引越の話は、私が上海に来たときからずっと噂されていて、やっと今年になって本決まりになりました。夏休み前に、学校側から突然「夏休み中に引越するから、帰国前に荷物をまとめるように」との通達があって、同学達は帰国前で時間がないってのに大わらわで荷造りです。学校側の計画では、上音にほど近い、以前研究生の宿舎だった所を改装し、我々留学生の宿舎とし、夏休み中に改装を終えて同学達の荷物もみな運び入れ、すべてを完了して新学期を迎える・・・という予定でした。

 私とオドノは夏休み中早々に上海に戻る予定でいましたから、「ま、どーせ中国では計画通りに進むはずがないし、必要に迫られてから荷造りすりゃいいでしょ」と悠長にかまえ、帰国前に何ひとつ準備しませんでした。そして予想はもちろん大当たり。

 8月27日から新学期が始まるのにあわせ、同学達が次々と戻ってきました。そして引越し準備が何一つ進んでいない事を知って怒り爆発!! ま〜ね、生活道具すべて箱の中に突っ込んでしまって何がどこにあるかわけわからん状態、どうしてくれよう、ってなものでありましょう。

 同学達の怒りを知ってか知らずか、寮の改装は遅々として進まぬ様子。・・・やっぱりというか、計画だけが先行して実際はちっとも予定通りじゃないんだよね中国のやることは(笑)そして毎度お馴染み、「突然」改装が完了し、「突然」引越しの通達が。いっつも急なんだから〜まったく。

 新寮の部屋は広いんですが、シャワー室が・・・

 新しい寮は、上音から数軒離れた、某スーパーの上階。この建物、1階と2階がスーパーで、3〜5階が我々の宿舎。3階は男同学、4〜5階が女同学のフロア。以前は3階だったのでさらに階があがるのは年寄りには辛いわ〜。ま、4階なので5階でないだけマシってものか・・。当然ながらエレベーターなんてものは存在いたしません。

 部屋割りについても、学校側が適当(?)に決めて不公平があったので、落ち着くまで相当すったもんだありました。いろいろあって同学同士の関係が悪化したりとか・・。また、元が三角形の土地なので、部屋によって形や大小の差が大きく、変な形の部屋が当たった可哀想な同学とか・・。ちなみに私とオドノの部屋はトイレの横(泣)。でも他の同学より条件的にはまだマシなので文句もいえません。

 なんのかんのいっても新しい部屋はきれいだし、以前の寮にくらべ1.5倍くらい広いので、特に楽器が多くて置き場所に困っている私には有難い。オドノとあーだこーだと部屋のレイアウトを決めるのもまた楽しいもの。しばらくは電話やテレビがつながらない等、その他もろもろ不便な事もありましたが、慣れれば何てことも・・。
 でもしばらく慣れなかったのがお風呂。ま、お風呂というよりシャワーなのですが、以前は1フロアに2室あったので、順番待ちもそう長くなかったのですが、今度のシャワー室は1室のみ。いや、正確にいうと1室の中にシャワーの蛇口が3つあって、カーテンで仕切られています。・・・しかし3つあったって、誰が3人仲良く一緒に入室するかっての。このへんが中国人の発想なんだな〜。というか、習慣の差ですね。・・・と思っていたら、入浴中にノックの音がして、「ドア開けて〜私入りたいんだけど」・・・うそぉ。やはり国によって色々習慣が違うんだなあ。

 壁の薄いのが縁で中阮の同学と交流が深まる

 あと困るのは、以前は研究生達の大部屋だったのを無理矢理小部屋に改造したため、隣との壁板が薄く、隣の物音がまる聞こえなのです。時には会話の一言一言まではっきり聞こえるので、内緒話がしにくい・・。特にうちの隣室の同学がまたでかい声で、夜も遅くまで喋っているので、デリケートなオドノは眠れず、時々壁を叩いて抗議しています。

 当然練習していると音はまる聞こえ。私は午前中は琴房に行くけど、午後からは部屋で練習するからごめんね、と隣に了解をとっています。まあ隣の二人も民族楽器系なので、その辺りはお互い様。ただ、やっぱり迷惑は迷惑だし、ご近所への手前もあるし(中国人は夜10時に寝る人も多いので)、10:30くらい以降は音を出さないようにしようよ、と呼びかけて互いに自粛しています。

 隣室の二人のうち、シンガポール人のH同学は中阮の本科生で、私と同じく呉強老師の学生です。以前は住んでいるフロアが別だったのであまり交流がなかったのですが、隣同士になってからかなり距離が縮まりました。彼女は練習しないので有名(?)なのですが、私が練習していると隣からも中阮の音が聞こえてきます。彼女いわく、「モモが練習してるから何だか私もその気になるわ〜」ふむ、いいことだ。といっても彼女が始めるのはたいてい夜9:30以降なので、たいして練習しとらんようですが・
・。

 でも呉強老師にちゃあんと宣伝してくれているらしく、以来老師から練習時間の事で怒られる事はなくなりました。その代わり、内緒にしておいて欲しい事まで暴露されるので、レッスンの時に「アンタ先週蘇州に行ったでしょ」などと突っ込まれ、「なんで知ってるんや〜」とドキドキするのであります。

 同室オドノの食事のパターン

 近いとはいえ学校の敷地内から離れ、忘れ物をしても取りに戻るのが面倒な距離、以前に比べ授業にいくのさえおっくうになってきた私達。毎日、「・・・何食べよーかな〜」とつぶやいてます。前はしょっちゅう利用していた学校の食堂も、ついでがないと行く気になれない。私は午前中練習に出かけたついでに、たいてい学食で昼食をとっていますが、オドノは昼までずっと寝ているわ、4年生なので授業も少ないわですっかり部屋にこもりっきり。食事も最近は出前をとることが多くなりました。

 で、電話をかけて注文するのですが、もちろん日本のようにサービスが行き届いている店なんてありません。ぞんざいな口調で応対されるのが普通なのですが、オドノも負けておりません。同じくらい高飛車な口調でやり返しております。

 「何?米飯がないから麺にしろ?いいけどおたくら最近すごい量が少ないのよね、分量たくさん、野菜もたくさんね!」(←ま、この辺までは私と大して違いはない・・)

 「あん?今人手が出払っててすぐは無理?何言ってんのよ、アタシは病気なのよ!店に行けないから出前頼んでるんじゃないのよ!今すぐ持って来て!!」(←うそつけ〜単に起きぬけなだけじゃないの)

 ・・・そして待つこと数十分、来ない。キレたオドノ、再度電話。「来ないからキャンセルするわ!!」そして外に食事にでてしまいました。最初からそーすりゃいいのに(笑)それからさらに数十分後、出前のにーちゃんが・・・来た。あーやっぱし。でも断る役は私なんだよなあ・・・。

 今はオドノも帰国中で、私一人で残っておりますが、自由と言えば自由、でもやっぱり彼女がいないと少し寂しいんですよね〜。彼女も私も今年の夏に同時に卒業、それまではよろしくね、オドノちゃん。


その・19  閻恵昌がやってきた 05.8.22
 あと1年学びます・・よろしく

 8月。上海は・・・暑い。そう、私はまだ上海に居ます。本来ならばこの夏で留学を終えて帰国するつもりだったのですが、途中休学を挟んだせいもあり、まだまだ学び足りない思いが強く、かねてより申請していた奨学金の期間延長が通ったので、9月からもう1年だけ上海で学べることになりました。今度こそ笑っても泣いても最後の1年、気合いを入れて頑張りたいと思います。

 で、新学期は9月から始まるはずなのですが、ビザの延長手続きの関係上、7月末までに上海に戻る必要がありました。どのみち日本に居ても毎日だらだらするだけだし、早めに戻って思う存分練習するぞ!・・と意気込んでいたものの、パワー全開の結果、疲れて高熱出して長いこと寝込んでおりました。え〜んおバカ。

 さて、上海では「上海の春国際音楽節」他、いろいろ演奏会が開催されており、私もちょくちょく聴きに行ったのですが、例によって日記をサボっているうちにネタがどんどん古くなり・・・でもこの演奏会だけは絶対レポートしなくっちゃあ。というわけで今回はわが上音の民族楽団のレポートです。


「華夏之根・大型民族交響楽」 2005. 5. 15&20  於: 賀緑汀音楽庁

 華夏とは中国の古称です。「華夏之根」、つまり中国のルーツ、それは山西省より発す。というテーマに基づいて国家(自治体かな?)プロジェクトが組まれたようで、山西省にゆかりのある五人の作曲家達がこの演奏会の為にそれぞれ作品を書くという、とても贅沢な企画であります。

 上音の学生で構成された民族楽団「上海音楽学院青年管弦楽団」、わがオドノちゃんも後方ではありますが二胡で参加しております。以前は週に一度三時間くらいの練習だったのが、今年から急に週に二回、長時間になって疲れるわ〜とぼやいていましたが、これにはわけがあったようです。

 楽団には戴路青という常任の指揮者がいますが、この老師、西洋音楽の出身なので民楽に対する造詣が深いとはいえず、例えば笛子がちょっと音程を外すと「そんなんで音楽学院に入ったのか」と怒鳴ったりといった調子で、学生達からはあまり好かれていません。学生達もあまりやる気がないし、レベルもはっきりいって北京に負けてるで〜という感じであります。

 「華夏之根」演奏会はまず北京の中央音楽学院の楽団が初演、その際学院の専任指揮者の他にもうひとり、香港中楽団の指揮者・閻恵昌が担任していました。そして今回上海での演奏会のために、この閻恵昌が上音にやってきたのです。なるほどね。そうそうたる作曲家や指揮者の手前、上音楽団も恥をかかないようにめいっぱい練習させてたわけです。

 スマートな閻恵昌、女学生の熱い視線

 閻恵昌。現香港中楽団芸術総監かつ首席指揮者。かつて上海音楽学院卒業後、北京の中央民族楽団やらあちこち歴任していましたが、現在は香港で確固たる地位を築いておられるようです。Y老師いわく、「アイツは学生時代ゴーマンな奴だった」らしいですが、今はとてもスマートな、自分を演出するのがとても上手い人だなあ、という印象を受けます。

 楽団練習における閻恵昌。これはオドノちゃんが毎日面白おかしくレポートしてくれてましたので、それをご紹介しましょう。

 学生達はこの有名な指揮者を前に緊張気味。ナイスガイ閻恵昌、動作ひとつひとつに女の子達の熱い視線が集中します。自分でも意識しているのでしょう、キザっちいとも言える仕草や話し方、「でも彼がやるとわざとらしくなく魅力的なのよね〜」。

 例えば練習に熱が入り上着を脱ぐ、その動作がまた俳優のごとくもったいぶっていて、女の子達はキャーキャー騒ぐそうな。「・・・また脱いだ!!」そう、5月はすでに夏空、はじめからTシャツ一枚で来ればいいのに、わざわざ毎日中国式上着を羽織って毎日脱ぐ閻恵昌も閻恵昌(笑)。そして女の子達もいつもより美しく装って、彼の目に留まるべく(?)用もないのに前をうろうろするらしい・・・。

 当然男の子達は面白くなく、練習中、ちょっとしたことでわざと突っかかってみたりしますが、そのあたりは人生経験豊富な中年男性、うまく丸くおさめつつきっちり演奏上の要求も通し、学生達を心服させてしまうところはさすが。

 演奏会舞台には大型スクリーンが設置

 この演奏会、上海でも場所を変えて数回開かれましたが、初日と千秋楽は上音校内の賀緑汀音楽庁にて行われました。初日はオドノちゃんが、千秋楽のは民楽系事務所の同学がプレゼントしてくれました。・・最近この民楽系事務所に行くと、運が良ければ演奏会のチケットが手に入ったりするので、足しげく通ってます(笑)。上海民族楽団のとか民楽とジャズのジョイントとか学生の卒業演奏会とか色々もらっちゃった♪

 そして演奏会初日。舞台上部には大型スクリーンが設置され、黄河文明の発祥より現在に至るまでの過程の映像がアナウンスと共に映し出されながら、曲が挿入されて行きます。

  リハーサル風景

 初日がすばらしい緊張感

 序: 「尭天舜日」作曲: 景建樹
 「土員(けん)」のソロで静かに始まり、緊張感のあるリズムと和音が続いていきます。そして途中に天の声のような児童コーラスをはさみ、徐々に盛り上がって、最後にクライマックスを迎える。・・・尭、舜といえば伝説の聖王であり、彼らの治世時人々は質素ながら心豊かに暮らしていたといいます。力強く生きる彼らへの讃歌、といったところでしょうか。

 初日、彼らみんなすごく緊張していたようですが(私も一緒に緊張してました)、それが良い方に転んで、ぎっちり詰まった内容の濃い演奏を聴かせてくれました。特にこの一曲目。初日は戴路青が、千秋楽は閻恵昌が担当したのですが、初日の高揚感が千秋楽にはなく、開始からクライマックスに至るまでの細部や盛り上げ方、またクライマックスのボルテージ、すべてがぼやけてうすくなっていたように思います。

 1: 「鹽池労作圖」作曲: 韓蘭魁
 同名の明代の石刻に着想を得て作曲されたもの。塩を作る労働者達の号子(掛け声)の軽快なリズムに乗って、単調な繰り返しを重ねながらも、各楽器の特徴がよく表されている作品です。いつまでも旋律が頭の中でぐるぐるまわって離れないよ・・・。

 2: 「晋国雄風」作曲: 張堅
 山西省のあたりは春秋時代に晋の国があったところ。群雄割拠の時代、互いに覇権を争い戦火が絶えませんでした。はためく戦旗、馬のいななき、剣をうちかわす音、こういう勇壮な曲ではスオナーに打楽器が大活躍。そして閻恵昌も馬のいななきの場面では自ら手綱を引く仕草をし、ムードを盛り上げておりました。こういった曲では演技のうまい閻恵昌の本領発揮、という感じですね。同学達とよく彼のDVDを見ながら、手法を真似するのが一時流行って(?)いたものですが、この曲のラスト、やっぱ り出たぁいつもの決めポーズ!!う〜ん、かっこええなあ。

 3: 「雲崗印象」作曲: 程大兆
 山西省の大同は、雲崗石窟で有名な都市です。雲崗石窟のあのどでかい仏像とちょっとコワい眼。北魏の仏像って何でみんな大味なんだろう・・。なんてことはさておいて、この曲中、宗教色濃く木魚や鐘系の打楽器が多く使われているほか、掌を打ち合わせたり、石を鳴らしたり、指をパチンといわせたりと、ちょっと新鮮な道具(?)の使い方が印象的でした。しかもそれは皆石窟の飛天塑像の動作から採ったものだそうな。石窟の映像とあいまって、広大さを感じさせる曲。でもちょっと長いので途中ダレてしまったかな・・。

 4: 「晋商情懐」作曲: 景建樹
 およそ雀の飛んで行けるところ、山西商人あり」・・なんてマルコポーロは述べているそうですが、晋商は商売上手で有名だったのかな。この曲、なにが面白いって、閻恵昌が舞台に出てまず取り出すのがでかいソロバン。おもむろにパチンパチンやり出し、どう?ってな感じで尋ねると、二胡が「う〜ん?」と唸り、さらにパチンパチン。こんなユニークなイントロで始まり、以降もソロバンが会話の道具として使われ、途中タップダンスよろしき四塊瓦との丁々発止の掛け合いがあったり。これは指揮者に相当の演技力を必要とされますねえ。曲そのものは特に目新しい想法があるわけではありませんが、即興性の強い、小気味の良い楽しい曲で、観客には大ウケでした。

 二胡ソロで首席位置の変更

 5: 「古槐尋根」作曲: 趙季平
 静かに静かに、囁いているかのようにそっと二胡のパートが始まります。やがて徐々に力強さとハーモニーが加わり、起き上がっていく。この細雨が降るような、モノクロームの映像を想起させるしっとりとした旋律にかぶさり、途中挿入される打楽器やスオナーの効いたリズミカルなフレーズは、過去の楽しい日々を感じさせ、そこだけ鮮やかな色彩が加わったよう。小品ながら、あたかも映画のワンシーンを想像させる、抒情的で色彩感覚あふれる佳品で、私のイチオシであります。趙季平はよく映画やドラマの音楽を担当しており(確か「大宅門」や「覇王別姫」も彼の作品ではなかったかな)、視覚的な要素が感じられるのもそのせいかもしれません。

 途中、二胡のソロが入るのですが、このソロを担当したのは4年生のYさん。これにも色々いきさつがありまして(笑)、舞台での座る位置、本来ならW老師の生徒Zさんが二胡首席の位置に座っており、ソロを弾くはずでした。Yさんはとても上手いのですが、彼女はW老師の生徒ではありません。演奏の上手下手だけでなく、老師の地位も順位に反映されるので、地位の低い老師の学生は前に出ることが難しいのです。学内での練習時はずっとZさんがソロを弾いていたらしいのですが、閻恵昌はZさんの演奏を聴いたあと、他の生徒にも試しに弾かせてみたところ、Yさんの演奏が良かったので即、座り位置変更となったようです。ちょっと胸がスカッとする話ですが、実際プロの世界は厳しいですね・・・。

 閻恵昌の指揮はドラマティック

 尾声: 「黄河暢想」作曲: 程大兆
 中国といえばやっぱり黄河。特に北方人の心にはいつもあの奔流が渦巻いているのでありましょう。実は会場に入場する際、観客一人一人に配られた物がありました。手鏡のように柄のついた太鼓で、横から出たヒモには玉がぶら下がっており、まわすと玉が太鼓の面を打つ。・・そう、いわゆるでんでん太鼓です。この曲が始まる前、閻恵昌がまず我々観客に打つ練習をさせました。「四拍子ー!」バラバラバラバラッッ。「二拍子ー!」バラバラッッ。・・てな感じです。楽しいなあ、視聴者参加の曲かぁ。

 開始からガツーンとめいっぱい張り上げ、リズムを強調しながらやがてゆったりとした流れに。だんだんと激しさを増し途中に女声高音がかぶさり・・・おっと!我々の出番がやってきました。振る振る、喚声も加わって舞台と観客が一体となり、ラストに「ヘイ!」の掛け声。これじゃ盛り上がらない方がおかしい。拍手代わりに皆太鼓を鳴らし、それはずっと長いこと鳴り止むことなく続きました。普通中国の演奏会って、終わりがもうひとつ中途半端というか、だらだらっとしているものなのですが、今回だけは皆立ち去ろうとせず、この日の記憶を胸に留めようとしているかのようでした。いやあ、いい演奏会だったなあ。

 閻恵昌の指揮は、手法がとても豊富。演技ともとれるほどドラマティックな動作も多い。そして他の人に比べ、民楽特有の情感を引き出すのがとても上手い。西洋音楽よりもどろっとした、不安定な要素ともいえる、ゆらぎみたいなもの、その密度の大小を全身で表現して、微妙なニュアンスもわかりやすくはっきり示しているように思います。彼の指揮する姿そのものがすでに楽器の一部、音楽の一部なのですね。

 でも前に書いたように、千秋楽では指揮者も演奏者もへんに慣れてしまって、安定するどころか弛みっぱなしの演奏でありまして・・・特に管楽器系の音程はずしはすごかった! 閻恵昌も初日ほどノリノリではなく、ソロバンの掛け合いも短くそこそこ。まあでも最後には作曲家の先生方が舞台に勢揃いし、豪華な千秋楽を迎えたのでありました。来年の上音の演奏会はどんなかな〜楽しみであります。

 モモよりプレゼントとお知らせ

  でんでん太鼓
 演奏会で使用していたでんでん太鼓、ご希望の方2名様にプレゼントいたします。・・といっても申し訳ありませんが、私が直接お渡しできる方に限ります。のでモモのメールアドレスに直接ご連絡くださいませ。

 10/10(祝)・西宮アミティホールにて行われる、オーケストラ華夏第9回定期公演に、モモも助っ人参加しています。ぜひ聴きにいらして下さいね♪ 詳しくはオフィス・エー演奏会情報をご覧下さい。


その・18  うちのルームメイトを紹介します 05.6.27
 モンゴル人のルームメイト、名前はオドノ

 やっと試験のごたごたが過ぎ去って時間も出来たので、よっこらしょっと重い腰をあげて日記を書いてます。なんてったってもうすぐ帰国だもんね。演奏会レポートやら書きたい事いっぱいあるのに! ピッチをあげて書き進めてまいります。

 さて。寮に戻って来た2003年9月から休学を経た今も、ずっと共にいるモンゴルのルームメイト。毎回「モンゴルのルームメイト」と書くのももどかしいので、ここで大々的に紹介してしまいましょう。(って本人の同意ぜんぜん得ていませんが大丈夫かな?)

 彼女の名前は・・・モンゴルの名前は長過ぎるので何度聞いても覚えきれません。が、モンゴル人たちはみな「Odnoo」と呼んでいるので、私も真似してそう呼んでいます。これ、カタカナで表記すると「オドノ」と読めますが、実際は「オットノー」もしくは「オッッノー」という感じに聞こえます。・・とにかく、日本人にはとっても難しい発音なのであります。

 中国名は、名前の後半部の音をとって、「童楽」と名乗っています。いい名前だよね、と言うと、「でもね、以前道ばたで私の名前を呼ぶ人がいたの。その人、私を呼んだんじゃなくて、飼っている犬を呼んでたの」・・・う、うーむ。

 専攻は二胡、でも弾き方や教材で悩む

 彼女はモンゴルの音楽大学を卒業後、一年間南京で中国語を学んだのち、上音に本科生として入学しました。専攻は二胡。え?モンゴルに二胡ってあるの?と思われるかもしれませんが、現在のモンゴルの二胡は、社会主義(モンゴル人民共和国)の時代に中国から入って来たものだそうです。

 中国の二胡は、近代からめざましい発展を遂げ現在に至っていますが、同じ二胡でもモンゴルでは別の方向に発展した様です。モンゴルの二胡の教師は、ロシアで学んだバイオリンの概念でもって二胡に取り組んだようで、教材もほとんどがバイオリンをはじめ西洋の曲(もちろん民族のものも多いですが)。中国では地方の風格がとても重要だし、曲の改編がとても多く、演奏者すなわち副作曲者、といった感がありますが、モンゴルでは西洋と同じく、楽譜にかなり忠実でなくてはなりません。

 ですから彼女にしてみれば、中国の二胡の弾き方はクセが強すぎて受け入れがたいらしく、しょっちゅう「・・・なんで楽譜に書いてない装飾音や滑音を勝手に入れるの?」とぶつくさ言っております。ま、そうだよね。当然の如く地方色の濃い曲はあまり好きでないようで、いつも西洋の曲を好んで弾いています。

 モンゴルでは数字譜ではなく五線譜なので、中国で学ぶ今でも首を傾げながら数字譜を読んでいます。でも彼女は自分が努力する前に人に努力させるのが上手いので、いつも老師に「この曲の五線譜を下さい」と要求しているらしい・・・おーい、それじゃいつまで経っても数字譜読めないじゃないの。


  ルームメイトのオドノ

 日本にも来たことのあるいい同学です

 モンゴルの音楽学校の先生は、学生に対してとても厳しいけれどとても熱心に教えてくれていたそうです。彼女は上音では著名二胡教育家・W老師に師事しているのですが、この先生、学生が多いので忙しくてレッスン時間が短いので有名。その上ひっきりなしに他の学生やらが出入りするので、じっくり細かく教えてもらえることがほとんど無いそうです。

 ある日私が「今日のレッスンは一時間半ずっとしごかれた〜」と言ったら、「え?専門のレッスンって、ホントは一時間半なの?」なんて聞く始末。そしていつも教学VCDを見ながら、「私の先生はね、このVCDよ」なんて言ってるのを聞くと、なんだか可哀想・・。中国人学生たちはこんな状況には慣れっこでしょうが、モンゴルでちゃんとした教育を受けて来た彼女には我慢できないでしょうね。そういや同じく二胡で去年卒業したモンゴルの同学も、ずっと不満そうでした。いかんよなあ、有名な大学の教育家がそれじゃあ・・・。

 彼女は昔、男の子のように活発で歌と踊りが大好きな子供で、しょっちゅうテレビに出ていたそうです。日本にも交流活動で来たことがあるらしく、当時の写真を見せてくれたことがあります。はじめて出会った時、「日本の歌も歌えるのよ」と、"アリさんとアリさんがごっつんこ〜♪"をフリ付きで披露してくれました。可愛いんだこれがまた。

 私が休学中、私の後に来たルームメイトはなぜかみな日本人。いちど韓国人の新ルームメイトが来るはずで、荷物もすでに部屋に置いてあったらしいのですが、どうも相手が「モンゴル人」と聞いただけで嫌がったらしく、顔も見ないまま立ち消え。これって差別ですよね。そーいや私がはじめてオドノと同じ部屋になった時も、別の同学から「モンゴル人には気をつけた方がいいよ」なんて言われて、不愉快な気持ちになったことがありました。気をつけるどころか、そのへんの同学よりよっぽど分別も常識もある、ちゃんとした子なのに。

 作曲やジャズにも大いに興味を持つ

 そんなオドノも、もう来学期から四年生。今までの3年間、いろんなことを積極的に学んで大きく成長したようです。二年生から2年間、第二専攻に「民作」、つまり民族音楽作曲を学んだ彼女。民作の先生はとても良心的かつ熱心な老師で、彼女自身も才能があるので可愛がられて、おかげで一時期専攻を変更しようかどうしようか、なんて迷っていた時期もありました。

 もともと二胡一辺倒なわけでなく、いろんな方面に興味があり、特にジャズやポピュラーミュージックが大好き。私が部屋に居ないときに、よく大音量でCDやDVDをかけ、音楽に合わせ踊っていたのも私は知っているぞ。そして今年一年は学費を払ってジャズピアノなんかも習っておりました。

 歴史なんかも教えあったりして

 以前にも書きましたが、彼女はとても気を使ってくれるいい子です。どの授業を受けるべきだとか、授業でわからない所だとか聞けるし、ありがたい存在です。こっちも彼女の知らない、中国音楽の歴史や伝統うんぬん、とりあえず自分の知っている範囲内では教えてあげられるので、まあ少しは役に立ってるかな?

 先日の試験でも、彼女同学から借りたノートのコピーを見ながら「編鐘って何?え、楽器なの?」とか「西周とか春秋とか何の事?」・・笑いそうになりましたが、無理もない。歴史なんて概論くらいしか習ってないでしょうから、知らなくても仕方ないですよね。それでなくとも彼女らにしてみれば、漢字なんて訳わかんない絵文字みたいなもんですもん、本を読むだけでも大変なことです。私達日本人は漢字を見るだけで大体の意味がわかりますから、とても簡単ですよね。

 最近、彼女は某ホテル内にある日系のバーで週末に二胡弾きのバイトをしております。カラオケCDに合わせ、流行歌なぞ弾いてます。私も伴奏で中阮か古箏を弾けと頼まれてましたが間に合わないので辞退・・。でも先日撮影係として(帰国した時に先生に成長した姿を見せたいらしい)行ってまいりました。上海在住のみなさん、彼女の舞台姿を見かけたら、ぜひチップを渡してあげて下さいね♪


その・17  近況&演奏会レポ(呉強教研工作室) 05.6.20
 暑い暑い・・でも練習

 もうすっかり夏日の上海。朝晩は涼しいものの、太陽の下に居ると焦げそうです。それでなくとも暑いと食が進まないのに、ご存知の通り中国の料理は油が多く、見るのも嫌になるのです・・・。実際、私は中国に来ると痩せ、日本に戻ると太るのであります。ま、食事の問題だけでなく、運動量(=練習量)の問題が大きいかもしれません。だって日本に居る間は怠けまくっているもので・・・。

 先月あたりはまだ気候もよく、ふらふらと買い物に出かけたりしていましたが、こうも暑いと、外に出ようという気もしません。それでなくとも最近呉強老師の口調が厳しく、毎回レッスンは針のムシロに座るが如く。前に蘇州に行った時も何故か二度とも老師にバレてしまい、「アンタは蘇州に行った週は出来が悪いんだから!(そりゃ言いがかりってもんだ・・)そんな時間あったら練習なさい!」・・てなワケでおとなしく練習に行く毎日であります。

 モモちゃん号購入

 チャリンコくんが持ち去られてからというもの、ちょっと銀行に行くのにも不便で仕方ありません。買おうか買うまいかずいぶん迷いましたが、居留証を作るのに検疫所に行った際、ついでに古北のカルフールに寄って新しい自転車を購入しました。

 ピンクシルバーのモモちゃん号、カルフールから直接乗って帰って来た(・・結構遠いです。地図があれば調べてみてね)のですが、139元という安さのせいか、早速タイヤの空気袋に亀裂が・・修理のおっちゃんに「これ100元ちょっとで買っただろ。ダメだよそんな安物、結局すぐつぶれちまうんだから」と叱られました。でもすぐつぶれる自転車があるから、修理の人達の商売が成り立つのでは・・?

 昔のようにちょっと外灘までとばして、なんて時間も気力も今では無くなりましたが、それでもあると便利なモモちゃん号。何たってここは中国、チャリンコはなくてはならないアイテムなのです。

 携帯電話も買っちゃいました

 中国での携帯の普及率はかなり高いです。上海なんて日本よりすごいんじゃない?と思えるくらい。実は私、日本では携帯を持たない人種でありました。持った途端、何だか携帯に生活が支配されるような気がして、あまり好きではなかったのです。だもので留学生同学達のほとんどが携帯を持っていても、私は買おうとも思いませんでした。

 しか〜し。呉強老師、最近ますます忙しくなられて、レッスンの日時変更があまりに多い。私も練習室に行って部屋に居ない時も多く、だからといって部屋で電話を待っていては練習もできず・・。毎回レッスン前に確認の電話をかけるのも何だか催促してるみたいだなあ・・で、思い切って購入を決心しました。

 携帯って、日本では基本料はかなりするけれど、本体自身は(ゼータクを言わなければ)安いものではありませんか(っても詳しく知らないんですが)。でも中国では本体の値段が600元(9000円弱)くらいから2000元くらい。うひゃ〜中国人の生活水準からすれば、これってすごく高価なのでは?なのに皆ぴかぴかの新品を持ってるのはなぜ?

 私はあとちょっとしか居ないし、そんな高価なものは必要ありません。ほとんど呉強老師の為だけに買うようなものだし、電話と短信(ショートメッセージ)が出来れば十分。というわけで、200元(3000円弱)で中古品を買いました。これは本体の値段で、実際には電話番号も別に購入しなくてはいけません。50元の通話カード込みで100元のところ70元。

 私が買ったのはかなり旧式で、もちろん説明書もついておらず、携帯を使った事のない私には中国語の単語からしてチンプンカンプン。でも使っているうちに自然と基本操作くらいはこなせるようになりました。当然ながら短信も全部ピンインで打っております。打つの遅いけど。

 しかし便利になったらなったで、気のせいかレッスン日時変更が前に増して多くなったような。しかも中国人の常で直前変更が多く、こちらの段取りまるで無視だもんで、困っております。これじゃ携帯買うんじゃなかったよ。

 そして。購入一ヶ月後、うっかり長く充電しすぎたあと、途端に調子が悪くなり、とうとう電話の相手の音声が聞こえなくなってしまいました。現在はもっぱら短信のみ頻繁に使用しております。でも私などはまだマシな方で、一緒に同機種を買った同学、音声はおろかON/OFFもできなくなり、修理に出してもダメだったそうです。御愁傷さま・・・。

 さて上海に戻ってから、演奏会を聴きに行く機会が増えました。まあ時期的にも、上海之春だの卒業生の演奏会だのが多い時期でもありますし、以前に比べれば情報網も広がりましたし。ネタが古くならないうちに(いや、既に古いか・・)順次ご紹介していきますね。


  呉強研究室の演奏会が行なわれた蘭心大劇院

 呉強教学研究工作室民族音楽会 2005.3.26 於: 蘭心大劇院

 うちの老師、最近すごく忙しいらしい。気のせいか喋るスピードも速くなったような。無理もない、3月4月は受験の季節、大学や付属の試験前に老師にレッスンをお願いする学生が多くなります。なのに演奏会まで開いてしまうなんてまあ・・見るからにずっと疲労の色濃い老師でありました。

 「教学研究工作室」って何かなあ・・・老師は柳琴や中阮のレッスンの他に、学内の古箏の重奏や絲弦五重奏の指導なんかも担当されているので、それに参加している学生達と共に、活動を広く紹介しようというのが演奏会の目的のようです。

 残念、呉強老師は中阮の演奏

 まずは柳琴と中・大阮による弾撥合奏で「ルスランとリュドミラ」序曲で開幕。呉強老師を囲み大学の本科生たちと付属中学の学生、計8人での演奏ですが、一糸乱れずとはまさにこれで、呼吸の動作がぴったり一致してました。なおかつ強弱の対比がお見事。

 二曲目からいきなり真打ち・・つまり呉強老師の登場。あれれ、中阮なの?柳琴じゃないの?うーん残念、実は私は今まで一度も老師の "柳琴の" 舞台演奏を目にした事がないのです。過去に上海で柳琴を演奏される機会があったにもかかわらず、たまたまその時私は帰国していて舞台が観られませんでした。来日された際の演奏もいつも中阮でしたし。

 曲は「絲路駝鈴」。元々は大阮の曲ですが、中阮で弾くことも多い、阮の名曲です。かつ、老師の十八番なんですよね〜。新彊風格のこの曲には手鼓の伴奏がつきもの。伴奏は古箏専攻の三年生の同学がつとめていたのですが、またこれがすごいの何のって、ここで絶対息を合わさないとダメだろ、という所ではずすわ、途中で手鼓落っことすわ。ダメですよ老師、ちゃんと曲を理解している同学に叩かせないと。肝心の中阮演奏? うーん、マイクの位置が悪いのか、新しい中阮だったからか、がつーんと響いて来なかったですねえ。

 やや精彩を欠いたか学生の演奏

 続いては学生達の独奏。まず唐一文の「ツィゴイネルワイゼン」。彼女は沈貝怡(新日記7参照)に続く呉強老師の秘蔵っ子No.2で、付属高校から今年本科に入学したばかりの学生です。沈貝怡の正確さ、冷静さに比べ、彼女の演奏は情熱的ですがリズムなど細かい所がやや乱れがち・・というのが以前の印象でしたが、CD録音の経験を積んだのも手伝ってか、北京の柳琴学会での演奏(トリですよ、トリ! )ではほとんど完璧に近い演奏でした。

 事前に聞いていた話では、彼女は楽団をバックに「雨後庭院」を弾くはずだったのですが、事情により(理由はのちほど・・)楽団の演奏が出来なくなったため、急遽ピアノ伴奏で「ツィゴイネル〜」を弾く事になったようです。そのせいか北京の時に比べ、やや精彩を欠いていたような。

 途中古箏や二胡の独奏がありましたが、みんな緊張してるのかな?すごく粗い演奏でハラハラ。琵琶独奏の施文卿は付属中学あがりのエリートで、技術も舞台度胸もかなりのもの。しかも彼女175cmの大柄美女で(隣に立つとこの私が小さく見えます)、舞台ばえもするし。

 演奏曲は彼女の十八番、「春雨」。この曲、とても旋律が美しくて、私も大好きです。でも彼女は大柄な割にはあんまり力がなくて、曲の最後、クライマックスの部分ではもうちょっと感情を出してもいいくらいなのに、パワー不足。技術はあってもやっぱり学生は学生だなあ。

 古筝四重奏では日本風の演奏も

 沈貝怡の柳琴独奏で「満族風情」。これ、元々月琴で馮少先が弾いてた曲ですね。難しい所も涼しい顔でこなしてしまう彼女、相変わらずすごい子だ。いつものスキのないシャープな音でなく柔らかい感じが出ていたのは、そういう表現をめざしていたのか、単に新しい紅木の琴を使っていたせいなのか・・。

 この完璧な彼女も、時には失敗もやらかすのだと知ったのはつい最近の事。柳琴・中阮本科生の演奏会(ま、発表会みたいなもんです)でトップバッターだった沈貝怡、曲の途中で間違い、弾き直しをしてしまったのです。続く2曲目でも途中で一旦停止。このあり得ないミスに、みるみるこわばる呉強老師の表情、それを感じて凍りつく学生たち。その後、あろうことか唐一文をはじめ老師の学生達は、全員律儀にも演奏中のミス続出でした。いやはや、おかげで翌日の私のレッスン時もとばっちりが・・・。

 閑話休題。続くは古箏四重奏で、なんと瀧廉太郎の「荒城の月」。日本の箏と中国の古箏とでは弾き方も音質も違いますが、中国古箏の特徴(?)である、手首や指の関節を使わないようにして、極力日本の箏の風格を表現しようとした工夫が見てとれます。顔の表情まで能面のようになってたのはちょっと笑えましたが、でも考えたら邦楽演奏家って中国や西洋みたいに表情が豊富ではないですね。感情を出さないのが邦楽の特徴ってとこでしょうか・・?

 付属中学の三人による柳琴の三重奏で、ハイドンの「ジプシーロンド」。この三人組は柳琴学会でも演奏を披露していましたが、うちの一人は確か彼女が付属中を受験する前日のレッスンで、老師にものすごい罵声を浴びせられていたのを記憶しています(モモ旧日記・9参照)。あれから三年半近く、あなたも私も少しは成長したのかな。今では私も罵声を浴びるのが常になってしまいましたが・・・。

 絲弦五重奏は胡琴・揚琴・柳琴(または中阮)・琵琶・古箏とすべて弦楽器で構成されたアンサンブル。胡登跳が発案して以来、この形式は上海音楽学院のお家芸となっています。「快楽的夜晩」と「天山之春」は絲弦五重奏の古典ともいえる二曲で、彼女らの技術からすれば朝メシ前でありましょう。笑顔まで浮かべ、ぴったり息の合った演奏を聴かせてくれました。

 実は劇場側のミスで企画を変更

 で。そのあと。ステージに今まで無かった彩色ライトがゆらゆらと・・ん、何だか嫌な予感。出たっっ!!私の大嫌いなMIDI伴奏っ!・・にのって琵琶の「梅花三弄」。バックには二胡をはじめ楽器を持った学生達がいるものの、どうもうそっぽい。というよりMIDIの音がでかすぎて、生の楽器が必要ない感じ。次の曲に至っては、例の手鼓落っことした学生が古箏を弾きながら歌まで唱っているのだけれど、どう見ても古箏は音楽に合わせ、口パクというか弾くフリをしているだけ。う〜何なのこれは〜?呉強老師ともあろうお方が、こんな演奏会を企画するなんてどーいうわけ?

 後日レッスン時に老師から「どうだった?」と聞かれ、口ごもる正直者の私。「まあね、実は色々あったのよ」・・・確かに予告ポスターにあった曲目とかなり違っており、また師範大学のSJちゃん(モモ日記・柳琴学会編参照)と客席で出会った時にも「ホントは私も大型合奏に参加するはずで、何度も練習してたんだけど、前日になって急に合奏が無くなっちゃったの」・・・? いくら上海女性でも、そこまで気まぐれで曲目変更したりしないはず。じゃあ一体何があったのでしょう。

 「かなり以前からこの演奏会の為に準備していて、合奏曲も独奏曲もいろいろ用意してたのよ。でも・・」かなり以前から劇場の責任者に構成について打ち合わせして、大型合奏の為の練習もかさね、前日に最終確認をした時、はじめて責任者が自分の勘違いに気がついたそうです。その勘違いとは、責任者は広いステージは必要ないと思い込んでいたため、前日老師が劇場に行くと、ステージの後ろ部分に別のステージがセットされてて、使えなくなっていたのだそう。おかげで大型合奏の曲目は全部はずされ、急遽独奏や小合奏を増やしたらしい。道理で間に合わせっぽい演奏が目立ったのですね。

 しばらく落ち込んでおられたらしい老師、でも失敗の原因を作った劇場の責任者が協力的で(ま、当然だわな)、近いうちに今度こそ完全な演奏会を開くべく、企画をあたためておられるようです。この失敗を踏み台にして、次回はきっとすばらしい演奏を聴かせてくれる事でしょう。・・しかし中国ってどうしてやる事なす事こうもいい加減なんだろ?些細な事ならともかく(ってあまりに多いのでストレス溜まりますけどね)こんな大事、冗談ではすまないと思うんだけど・・・。

*お知らせ*
7/6に東京芸大・奏楽堂にて、呉強老師はじめ上音の老師たちが出演されます。興味のある方はぜひ。(私も聴きにいく予定です)



その・16  反日運動&一日旅行 05.5.23
 歴史的事実を知ることは大事

 気がつけば五月も半ばを過ぎ、上海に来てからあっという間に三ヶ月が経ってしまいました。メーデーから一週間、学校もお休みだったのですが何かと忙しく、疲労がたまって数日寝込んでしまいました・・・。この日記も書きたい事はいっぱいあるのに止まったままであります。コンサートレポート、授業のこと、その他諸々。うむむ。気長にお付き合いくださいまし・・。

 さてこのところ中国で反日の嵐が吹き起こったのは皆さんご存知の事と思います。皆さんから御心配のメールを多数いただいて、日本ではかなり大々的に報道しているんだな〜、というのを知りました。

 ここ音楽院の中に居ると、全然情報が伝わってこないのですよね。前にもお話しした通り、私のパソコンは中身が重くてちっとも動かないのでサイト検索も容易でなく、情報収集はすべて日本人同学から入ってくるニュースのみ。

 なぜなら。ここ中国では以前よりマシになったとはいえ、やっぱりあるんですよ報道規制が。デモ行進の様子なんてのは絶対テレビでは放映しませんもの。ましてや上海で日本人留学生が殴られただとか、日本料理店だか何だかが破壊されただなんて都合のよろしくない事、報道するわけがありません。

 しかし反日デモを行う彼らの気持ちも理解できなくもないのです。当時日本が韓国や中国に対して行ったのは侵略でしかないし、それを「進出」と書き換えれば意味が全然違ってきます。被害国にすれば「日本は過去の事実を後世に正しく伝えていない」と思って当然だし、「歴史的事実をねじまげた」と抗議の声をあげるに決まってるでしょう。

 日本は大戦の被害国でもあります。アメリカが日本に原爆を投下したという事実、これは日本人なら知らない人はいません。でも例えばアメリカが「原爆を投下したのは戦争を終結させる為に必要だった、原爆のお陰で戦争の泥沼化が避けられたのだ」なんて言うのを聞いて、日本人として何も思いませんか? また、原爆の事を知らないアメリカ人も大勢います。もし彼らに「原爆?何それ?アメリカが日本に?そんなはずないよ」などと言われたらどうですか?

 反日教育の煽りは別として、小泉さん・・


 中国も同じだと思うのです。加害国である日本から「侵略や虐殺の事実は無かった」なんて言われたら、そりゃまあ腹も立つでしょうね。また日本人はこういったことに関心が薄く、「カタい事なんて考えずに人生楽しく過ごそうよ」と、話題を避けようとする人がほとんどですし。

 中国人は、とても自分の国に誇りを持っています。小さい頃から愛国心を植え付けられて育っているのです。日本人はどちらかというとそういうのは苦手ですよね。戦前戦中の愛国教育が強烈であったため、敗戦後はその反動で愛国心というものをむしろ恥じるようになってしまいました。

 そして同じく小さい頃から植え付けられるもの、それが「反日(中国では抗日といいます)」なのです。小学校の教科書などにも、近代中国建国の英雄の逸話が沢山紹介されており、彼らがいかに日本の侵略を阻止すべく戦ったか、感動的に語られています。そして英雄の勇敢な行為を讃えると同時に、日本が悪の象徴のように描かれています。・・・でもこれって昔の日本の愛国教育そのものなのでは・・?

 今の中国もかつての日本と同じなのかもしれません。広大な中国、国内ではますます貧富の差が広がり、貧しい内陸部では暴動も起きかねない状況ですし(すでに小さな暴動は頻発しているという話ですが)、日本を中国人共通の敵に仕立てる事によって、国内の不満を他にそらせるように仕向けているのかもしれませんね。

 教科書問題のニュースを見ていると、ちょっと煽りすぎてない?といいたくなるくらいです。事が大きくなれば外圧に弱い日本政府も歴史問題や領土問題に対して動いてくれるんじゃないか、うまくいったら儲けもん、というところでしょうか。でも結局迷惑をこうむるのは我々在中の日本人なのですよね・・・殴られた留学生にしろ壊されたお店にしろ。

 外国に住む人たちは、良くも悪くも、自国を代表しているといえます。中国に居る我々は、中国人にとっては日本人の代表そのもの。うかつに軽率な行動をとれば、「ほらみろ、日本人はあんな奴らばっかりだ」と指をさされるのは必至ですし、自国に居る時以上に言動に気をつけなくてはね。

 ・・・でも頼むから小泉さん、そろそろ靖国神社参拝を止めてくんないかなあ。肩身狭いんだよなあ。それに何といっても中国は大国、大きな市場だってのに、これから上手い事関係作ってかないと日本の将来、真っ暗だと思うんですけど。


  緑と新鮮な空気の中で無錫旅行を楽しむ

 無錫一日旅行

 出発から遅れて、ついたら昼・・

 上海では大々的にデモが行われた4/16、一部地区では「日本人外出自粛令」(?)が出ていた様ですが、その日はちょうど留学生の一日旅行がありまして、朝早くから出て行っていたものでデモの様子もよくわからずじまい・・・。

 毎年一回、留学生の為の旅行が企画されるのですが、以前は一泊旅行も多かったのに、年々ケチくさくなって今年は無錫日帰りの旅。まあタダ(といっても昼食は各自自前なんだよね〜)なのでまだ良しとせねば・・・。

 朝7:00に宿舎前に集合。でも前もって出欠をとった上でバスを予約したはずなのに、当日になって一人二人増えたりするのね何故か・・・。補助席もない狭いバスなので、席の無い人は部屋に戻って椅子を取って来てそこに座ったり(笑)。そんなこんなで出発が遅れること数十分。

 子供の頃から車酔いに弱い私、上海から無錫まで約三時間、と事前に聞かされていたので、しっかり酔い止めの薬も用意してバスに乗り込みました。朝が早かったので上手い具合にうつらうつらとしているうちに到着するだろう・・・と思ってたけどいつまで経っても到着しない! 腰も弱い私、車酔いよりも何よりも、狭い座席に座っているのがつらくな〜る。

 車内では辨公室の若い老師が無錫のガイドブックを見ながら懸命に説明をしてくれているので、ちゃんと聞いて適当な所で茶々をいれてあげなくっちゃ。はぐれても心配ない様に、老師達が携帯番号を確認したり、班分けしているうち、やっと無錫・鼈頭渚に到着。うう、もう12時前やんか〜お腹すいたよぉ〜。

 集合時間に遅れてくるのは老師達

 「3時にこのバス停車場に集合ね! 遅れた人は置いて行きますからね!」はいはーい。皆で集合写真を撮った後、班分けしたグループごとに行動・・・じゃないの? 結局みんなバラバラと、班分けなんてどこへやら、老師達も含めすっかり自由行動なのでありました。

 無錫といえば太湖。鼈頭渚は太湖の中に突き出た岬・・・のようです。埠頭からフェリーに乗り、お向かいの太湖仙島へ。ここでやっと食堂発見。同学達と共に、無錫名物とやらの小籠包を注文。う、ずいぶんでかい! しかも一口食べてみて・・何だいこりゃ。ここの店がそうなのか、これが無錫の味なのか、ずいぶん甘いではないの。しまったあ〜一人でひと籠も注文するんじゃなかった。やっぱり小籠包は上海が一番なのであります。

 「中日櫻花友誼林っていうのがとっても楽しみなの」と、少しだけ日本語が話せるX老師。でも今年は気温が上がるのが早くて、この日もほとんど夏のような暑さ。一重の桜はとっくに散っていて、咲いているのは八重桜のみ。それでも一応「これがサクラだよ」と外国人同学に説明すると、「わー初めて見たわ」なんて言ってくれるのですが、日本人が好きなソメイヨシノとは趣がちょっと違うんだけど・・まあサクラには違いないか。

 観光ってったって当てもなく、ただぶらぶらと歩き回ってただけではありますが、少なくとも緑がいっぱいだし、天気もいいし、いい運動になりましたという感じ。学校に居るとなかなか出かけることもないですし。

 そうこうしているうちに集合の時間が迫り、急ぎ足でバス停に向かいましたが、やはりというか時間通りに皆戻って来るわけもありません。何より時間をとっくに過ぎているのに老師達の姿が見えません。どーいう事やねん! 「時間過ぎたら置いて行く」と言ったのは一体誰だ、と皆で笑っていると、大幅に遅れて老師達登場。おいおーい。引率すべき老師が時間を忘れて楽しんでどーするんでしょね。日本じゃ考えられないよまったく。

 とりあえず楽しんだ旅行でした

 帰りのバスも道が混んで、やっぱり四時間余り。無錫での観光時間よりバスでの片道の移動時間が長いってどういうわけ? 上海に着いた時には、もう日も暮れて、お腹もすいてくたくた。ま、でもたまにはいいね、皆で一緒に旅行に行くってのも。日頃外にすんでいる学生とは交流もないし、旅行者だと思ってたら漢語班の学生だったとか、知り合いになる機会でもあるし。

 帰路の途中、外国人居住地区を通過したのですが、あちこちに大量の警官がずらっと並んでいて、すわデモで何か事件が起こったのか!?とどきどきしましたが、警官達をよくよく見ると、ぼーっとしてたり水を飲んでいたりと結構のんびりしていたので、どうやら人命にかかわる事件ではなさそうでありました。

 後日、ミャンマーの同学と買い物に出かけた時の彼女の話。「宿題でこの間の旅行の感想を書けって言われたんだけどねえ・・・。狭いバスに長時間乗って、食事は自前で、老師達は勝手に楽しんで遅れて来て、とてもつまんなかったです。・・・なーんてホントの事書くわけにはいかないわよね〜。あはは」うーん、そうかねえ。私ゃタダで旅行に行けたんだから嬉しかったけどねえ。

ページトップへ戻る