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モンゴルの雪害について考えること (03年10月) ―地球環境全体の問題として― 在大阪モンゴル名誉領事館 名誉領事 佐藤紀子 モンゴルを襲う雪害は毎年のようにおこっています。家畜が倒れ、遊牧民が生活の手段を失い、果ては餓死者も出てきます。人も動物も襲うこの雪害の原因は、地球的規模の異常気象に人災が重なった複合的なもので、遊牧民が個々に対応できるものではなくなっているのです。 今年(03年)の夏モンゴルに行ってきましたが、首都ウランバートルでは蛾の大群が街を襲い、メインストリートでは夜水銀灯に蛾が集まり、翌朝見るとその死体が地上にかたまりになっているというような状況でした。草原の立ち木も蛾の大群に襲われ、樹皮を食い散らされたあげく次々と立ち枯れしていくありさまです。 ここ2年続けて蛾が襲うという状況ですが、これは例えばシベリアの永久凍土が溶けていることや中央アジアの砂漠化、また遠くヨーロッパから来る酸性雨の影響など、数えきらないくらいの要因が複合していると思われるのです。つまり地球的な規模の異常気象について考えざるをえないのです。 もちろんモンゴルが市場経済化したあと、国家的な規模での社会資本の整備や投資がおこなわれていないことや、経験のないにわか遊牧民が出たこと、集団で助け合う意識が薄れたことなど、人災の側面があるのも事実です。ですからモンゴル社会の自立に向けたさまざまな経済援助や文化的な交流も必要です。雪害に対する遊牧民基金にもぜひ協力願いたいんですが、同時にこれはモンゴルだけの問題ではなく、例えば世界中で猛暑や洪水、など被害を出している問題と共通の問題だと考えていただきたいのです。 地球温暖化は日本でも猛暑や異常気象を起こしています。モンゴルに目を向けると同時に、日々の暮らしに照らし合わせてこれらの問題にどう対処していくのか、エネルギー節約などできることから実行に移していきたいものだと考えています。 ぜひ皆さんの協力をお願いします。 |
| 在大阪モンゴル国名誉領事館から 2001年の援助要請のお願い |
2001年がモンゴルの遊牧民にとっても何とか生活が支えられるようにあらため
て緊急のカンパ、および物資 の支援を呼びかけます。 モンゴル名誉領事館緊急要請 在大阪モンゴル国領事館から支援要請 在大阪モンゴル国名誉領事館 |
| ・モンゴル雪害報告−−佐藤紀子(在大阪モンゴル国名誉領事) 2000年、モンゴルの草原に「ゾド」と呼ばれる雪害が猛威を振るっている。すでに160万頭もの家畜が犠牲になった。1969年以来31年ぶりの大被害という。 今年の雪害の深刻な事態は、オブス県テス川流域で牛の尾が凍って折れて牛が死んだということに象徴される。その時の気温はマイナス52度。モンゴル国21県中14県で厳しい被害が続出した。至る所に家畜の死骸があり、モンゴルニュース新聞の記者は取材しながら泣いたという。餓死した家畜や死なないまでもやせ衰えて元気のない動物たちの様子は、遊牧民の国の風景として見るに耐えないものがある。 雪害による状況には3つのタイプがある。 @雪が深くて家畜は草が食べられない。 A雪がなくても旱魃でもともと草もない。 B雪害のひどいところから雪害の少ない県に移動するので流入分を支える側の県の草も不足する。 だいたい遊牧民は3つ4つのゲルで集落を作って移動をしている。彼らが燃料を十分準備しない内に寒波が来た。燃料もつきてしまった遊牧民は最後に1つのゲルに寄り集まって、自分たちの住まいである残りのゲルを燃料にした。国の緊急被害対策活動により救出された老牧民は「目の前で家畜が死ぬのを見るのは悲惨。私の羊、私の馬たちが死んだ。全てを失った。私は助けてもらいたくなかった、死んだほうがましだ」と言って嘆いた。 バガバンディ大統領は去年、(夏の)ナーダム祭のあとに国民に次のように呼びかけた。「祭りは終わった。厳しい冬がすぐに来る。今から働いて厳しい冬に備えよう」と。準備に精出した牧民は被害を最小限に食い止めることができた。彼らは1日に籠に2杯もアルガリ(注:乾燥した家畜の糞で燃料に使う)を集めてゲルのそばに用意した。しかし楽天的に構えて充分に備えなかった所もあったようだ。それにしても今年の雪害は人の予測を越えたものだった。ゾドへの備えが充分でなかったかもしれない。しかし一所懸命命がけでがんばった。それでもだめだったのだ。 冬の長いモンゴルは毎年10月から翌年の4,5月まで川も凍る。厳しい自然環境の中で生きてきた伝統を受け継ぎながら、今までの経験だけでは切り抜けるすべがなかった。神の領域で人間が生かされてきたことに思い至らされる事柄である。私は今年に入って毎月ソウルヤ北京を経由してモンゴルへ行っている。とりわけ1月下旬飛行機の窓から見た、ゴビ砂漠を越えたあたりからのモンゴルの景色は」息をのむ凄惨さだった。夏のおおらかで爽やかなあの大地が今は息をひそめ、白い雪の表面をさらに固く氷が覆い尽くしていた。神秘的にさえ見えるその凍り付いた大地に、雪と氷に閉ざされながら絶望に沈んだ人々がいたのだ。 モンゴル政府は2月に国連および国際機関に緊急支援要請を出した。日本はもちろんのこと各国から様々な支援が届き始め、絶望の淵に立つ牧民はかすかな希望を持ち始めている。しかし旱魃、雪害に続いてもうすぐ砂嵐の季節が来る。猛烈な砂嵐は弱った家畜をさらに痛めつけ、体力のない順にその命を奪ってしまう・・・。 |