公害は量害
量害を認識しよう
 公害と言う言葉は結果から表現されたもので、原因を明らかに表現するなら量害と言う方が
 良いように思う。
 量が多くなると必ず害が起こると考えて物事を判断していくべきである。

富士の白紙
 先日、新聞に“富士の白紙”と題する記事がのっていた。
 富士山には、7、8月には30万人の人が登山し、登山者の使用するトイレからの排水の中で
 テイッシュペーパーが簡単に溶解しないために、山肌に浸透しないで、白い筋になって残り、
 白い川のように見えるという。
 少数の人が登山する山の場合、人の排泄物は山の動物の排泄物と一緒に、自然界が分解して、
 植物の肥料になってくれる。
 ところが、同じ山に何千人、何万人と集中すれば、自然界のバランスが崩れて害になる。

公害は量害
 道路を造って車が集中すると、騒音、低周波音公害、排気ガスによる公害などが発生する。
 コンビナートからの公害も問題になった。
 廃棄物処理も皆が便利さのために、大勢の人が使用し、結果として何が起こるかを考えずに
 大量に使用、廃棄したために起こっている。これらは、いずれも集中して、量が多くなる事が
 原因の量害である。

 それ以外でも、健康に良いからと言う運動や食品、薬なども限度を越した量は害になる。
 さらに、勉強やスポーツも度が過ぎると他の面で害が起こりがちである。
 駅前の放置自転車の問題でも、駅を造れば、自転車は集中してくるのだから、駐輪場を造り
 そこに置けるように、最初から計画すべきである。

量害と費用負担
 コンビナートのような、企業が原因の量害では、費用の負担責任ははっきりしている。
 登山や放置自転車や道路公害などは、人数や量が増えた事が原因で、本来は意識すべき
 ことなのに、一人一人が集団となって、なかば無意識に起こしている。
 対策としての、害の残らないトイレの設置、駐輪場の設置、道路の騒音対策などには、
 当然、費用がかかるが、その費用は、利用者が負担すべきものと考える。
 金沢の兼六公園は現在入場料をとっているが、反対意見もあるようである。しかし、その料金で
 公園が清潔に保たれ、入園者が気持ち良く過ごせるなら、当然、負担すべきである。
 富士登山でも、皆が気持ち良く登山できる為なら、料金も相応な負担をすべきであろう。
 一方、設備を完備したら、守らない人間には罰則を適用することも必要になる。
 海外では、トイレでチップをとるところもあるが、日本でも、清潔、便利、公害対策には
 個人でも、その原因一端となる者や利用者は費用を負担するという原則を確立する必要がある。
 最近の、リサイクル費用の問題でも、自動車、家電製品など使用した者はそれが便利で使用する
 のであるから、使用者が応分の負担をしてもよいだろう。


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