技術者倫理
最近食品の品質についての偽装や家電製品の事故対応や建物の耐震設計についての偽装
など、企業や技術者の倫理に絡んだ多くの問題が発生しています。そんな実状を踏まえて
今6人のメンバーで技術者倫理の研究会をやっています。
この会は平子義雄さんが主催して、技術倫理に関心を持ったメンバーが集まって月に一回
技術者倫理に関連した本などをベースに勉強、論議をしているものです。

私も長年技術の世界に生きて来て、このテーマにも関心があるので参加しています。
人間として倫理的に行動すべきことが求められるのですが、その中での技術者に対して
特別の倫理があるのでしょうか。
辞書で倫理を調べると「ある社会で、その成員の社会に対する、あるいは成員相互間の
行為の善悪を判断する基準として、一般に承認されている規範の総体」とありました。

建物の耐震強度を誤魔化して建築したなどは、技術者倫理以前に人間としてあるべきで
ないことであり、特に技術者倫理として議論する対象にもならないことでしょう。

では、技術者と限定した特有の倫理は何故議論せねばならないのか考えてみると、現代は
技術内容が複雑に発展して、一般の人には問題点が分かりにくい内容が増えたことで、
善悪やその技術によってもたらされた危険性などの判断が、専門家以外には出来難い
ことにあると思います。従って技術者がその技術の成果として出て来た製品などについ
てのマイナスの面も充分に検討、説明して、その採用について社会の判断を受けねばなら
ないと思います。
場合によっては、技術者にも危険性の判断について情報が無く、安全だとの情報で採用し
その結果として社会問題になることがあります。

具体的に経験した事例を挙げてみますと、カネミ油症事件を引き起こしたポリ塩化ビフェ
ニール(PCB)の問題がありました。
我々も工場の加熱媒体として安全なものと信じてPCBを採用し使用していました。
このPCBは耐熱性に優れ、安定で、燃えない加熱媒体として理想的なものと判断して採用
したものです。
PCBは各電力会社や新幹線のトランスの中にも採用されていました。
それが、カネミ油症事件が起ってから使用が禁止され、工場の排水に混じって海に流出
したPCBによって魚が汚染されたとして、私の勤めていた会社も漁業の損害に対して
補償金を支払いました。
結果的には大きな問題になったPCBを使用したことについて、技術者として何をすべきで
あったか、何を反省すべきかは悩ましい問題で、スッキリした答えは出ていません。
安全なものだとの考えから、設備の補修時などにPCBが多少こぼれて、排水に流れても
気にしていなかったのも事実ですが、その時点での注意不足は倫理的に問題であったかと
思いますが、PCBに害があり、そんなに環境汚染をもたらすとの情報が無かったのも
事実です。どこまで想像力や先見性が求められるか、倫理性の追求の限界が難しいところ
です。

安全だと説明されて発売されているものの毒性まで個々の技術者がテストすることは、
実際上難しいことですし、当時メーカーに問い合わせても害はありませんとの返事しか
無かったでしょう。
PCBの問題発生以降、新規な物質が市販されるには、生体に対する毒性や蓄積性などの
チェックをすることが義務付けされるようになっています。

最近の不祥事の中で、検査データの改ざんをして報告していたなどといったことも報道
されていたが、このような事件には、その組織内の技術者が不正を認識しながら関与して
いたことは明らかであり、技術者倫理の問題として取り上げるべきことです。
最近は公益通報(内部告発)について通報者を保護する制度が出来ており、企業内の
不正についての通報が増えてきているとも聞きますが、企業などの組織の中にいて、この
ような通報するには、相当倫理意識が高くないと出来ないことであり、通報者のその後の
生活が完全に守られることが保証されるのかどうかが一番肝要なことだと思います。

報道されている食品に絡んだ多くの問題にしても、自分の生活がかかっている企業内の
人間が、職場内の不正を告発することの難しさも理解出来ます。自分や家族の生活が保証
され、倫理的に行動出来る社会にならねばならない。

技術者は、技術の成果として出来た製品の便利さの裏に有る負の部分を充分検討して
世間に知らしめることが必要で、それも技術者倫理の大きい部分であると考えます。
技術者は世の中に便利な物、役立つものを開発して来たと思いますが、世界中の人が
それを使用すると資源不足や公害の問題を引き起こすことに繋がることになります。
では、そのような製品を開発しなかった方が良かったと云えるでしょうか。
例えば、日本でも毎年5千人以上の人が交通事故で死んでおり、エネルギーを大量に消費
する自動車の開発はすべきで無かった、開発した技術者は倫理的に問題があると断言
出来るのだろうか。
毎年5千人以上の死亡者とその数倍の障害者を出している車に対してのマスコミの取り
あげ方と、他のケースでの死亡事故の取り扱いにギャップを感じています。

原子爆弾の開発に関与した技術者の倫理的評価はどうだろうか。いまだにアメリカでは
原爆の投下を是認する意見が多い。上記した倫理の定義でも、「ある社会で承認されて
いる善悪の判断基準」とあるように、倫理判断の基準はその社会(国)によって異なる
ことが現実であり、世界で統一された倫理基準が出来るには、もう少し時間が掛かるよう
である。
国連では大量無差別殺人兵器の禁止決議なども進んでいるが、政治体制の異なる大国の
エゴを払拭するための一層の努力が望まれます。

技術者倫理というテーマでの研究会の討議などから、現時点で私の感じていることの
一部を書きましたが、そう簡単に結論が出る問題ではなく、まだまだ勉強を続けていく
必要があります。
こんなテーマに興味のある方の参加は歓迎ですので、平子義雄さんのホームページに
アクセスして頂いて、ご参加ください。


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