教育にパソコンを
パソコンを使って効果的授業との新聞記事が目についた。
ただ、内容的には、私の思っているものと、まだ、だいぶ隔たりがある。
公立学校の教室にパソコンを2台配備して、映像情報を授業の助けにすると
いった程度のものである。

先にも書いたが、私は、各人一人に1台のパソコンを与え、教育、授業をパソコン
ソフトで行なうことも導入すべきだと考えている。
パソコンは、機能をしぼったものを大量に製造すれば1台10万円以下で充分
できるだろう。
40人のクラスに設備しても400万円にもならないだろう。1クラスに一人の
教員として、その給与と比較しても、5〜10年かけて投資すれば、手の
届く金額である。

教育のソフトは日本中の一番分かりやすい授業をしている先生方の教え方を
集大成して作成すればよい。最近、子供むけのソフトが多く出ているが、子供の
興味をそそるような、旨く作成されたものがある。
DVDも出来たことだし、人間が語りかけるものと、アニメーションなどを
組み合わせれば、出来の悪い先生(失礼な言い方だが)に習うより、はるかに
理解される授業になるはずだ。
勿論、先生がパソコンの授業を受けている生徒の状況を把握して、必要なアシストを
することも重要である。
この方法でなら、理解度の異なる生徒が同じ教室にいても、授業が進められ、私が
度々言っている、個人の理解の速度の合わせた教育が出来る。
分からなければ、自分の理解に合わせて、他の人に迷惑をかけずに、繰り返し
勉強が出来るので、授業が先に進んで、分からないのに教室に座っていなければ
ならないような、落ちこぼれがなくなる。
先にも書いたが、マラソンを2時間台で走れる人を4時間で走らせるといった
こともないし、逆に、6時間かかる人はそのペースでゆとりをもって走れる。

ゆとりの名のもとに、新指導要領で学習内容を3割減らすことに対する、問題提起を
慶応大学の戸瀬教授が日本経済新聞紙上にされているが、まったく同感であり、上記の
方法であれば、学習内容を削減する必要がなく、平均の学力レベルは落とすことがない。
大学受験は年齢や学年でなく、各人の学力が付いた時に、何時でも出来るようにする。

教育をパソコンにやらせるなんてとんでもない、との批判が出ると思うが
日本一の先生の教え方で勉強出来るのだし、算数の授業などは教え方で生徒の理解は
全然違ってくるし、その人に応じた早さで進められる。
パソコンに出来るところは、パソコンにまかせて、先生は人間にしか出来ない
情操教育や集団活動のことに力を集中して、個人を大切にした教育が出来るようになる。
先生を無くすことを言っているのではなく、理解度の違う生徒を一つの黒板で同時に
教えるという無理を無くすことの提案である。
過疎地の学校で一人の先生が複数の学年を受け持つような場合にも、このような、
教育方法をとれば、先生も生徒も助かるだろう。

義務教育の基本の考え方は「中学までの教育を国が責任をもって行なう」と理解して
いるが、これは、その年齢までを意味しており、その間に、高校レベルまで理解出来る
生徒はそこまで勉強してもよいし、その年齢までの教育費を国が負担することである。
中学終了の内容を、全員が身につけるまでの教育に責任をもっていることではないだろう。
もし、後者であるなら、何才になっても、国がそのレベルまで教育をする責任がある。

人間の価値は早く大学に進学することでは決まらないことも、よく理解してやってほしい。


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