仙台と松島と伊達藩
   

      仁王島

お盆休みに仙台方面に旅行をしました。今まで縁が無く東北へ遊山の旅行をした事が無かった
のですが、やっと念願が叶って日本三景の一つの松島にも行くことが出来ました。
宮島と天橋立には行っていましたが、宮島の海中に建てられた朱塗りの鳥居や神殿といった
人工の建造物を取り込んだ景観や山から見下ろした天橋立の箱庭的な景観と比較して松島は一番
規模も大きく、自然が作った種々の形体をした多数の島々がつくり出す景観はまた違った趣があり、
三つの違った特徴の日本三景の組み合わせが良く出来ており、この三ケ所が日本三景として
セットとして呼ばれている理由が良く理解され実感出来た事を嬉しく思いました。

松島の海岸沿いには土産物屋など多く列んでいて、いかにも観光地といった騒がしい状況でし
たがそこからちょっと入って、瑞巌寺の境内になると太い木立に囲まれた道になり、がらりと
変わった荘厳な雰囲気に囲まれて、その落差は驚くほどで、気持ちもすっと変わりました。
瑞巌時は、昔は松島の海を目の前にして、海岸の直前にある小島に建てられた五大堂など、その
風景を取りこんだ風情のある境内であったと思われますが、ちょうどその海岸を土産物屋が占領
してしまったのも、時代として致し方のないことかもしれません。

仙台の街も始めて歩きましたが、杜の都と呼ばれるだけあって青葉通りには中央にゆったりと
ケヤキ並木があり、ちょうど仙台も猛暑に襲われていた日でしたが、ここだけは涼しげな雰囲気を
保っていました。
仙台城跡の丘の上から見た市街地も比較的緑が多く、東北地方第一の都市としての品格もある
よい所であると感じました。そんな街が作られた基礎には伊達政宗以来の伝統があることも
実感して来ました。
藩祖伊達政宗公の御廟である瑞鳳殿にも行きました。国宝に指定されていた御廟は戦災で焼けて
しまい再建された物ですが、極彩色の桃山様式の廟建築で、当時の伊達家の力と開けた文化が
あった往時の様子が偲ばれました。

また石巻市にある慶長使節船ミュージアムにも行き、伊達政宗が日本からヨーロッパへの始めての
使節団として送った支倉常長一行が乗って行くために建造した木造船を復元したものも見学し
ました。
当時これだけの船を建造したことと共に、この小さな船でよくも大平洋を二往復したものだと驚き
ました。日本は徳川の時代になり鎖国へと進んでいきましたが、情報が少ない当時の一藩主と
して、国際的な感覚を持って海外との交易を進めようとした先見性と行動力に感服しました。
仙台にある東北大学は優れた先進的な研究成果を上げていますが、伊達政宗公以来の先進的発想の
伝統が東北の地に根着いているからでしょう。

ちょうど日本中が猛暑に包まれた時期で汗をかきながらの旅行でしたが、多くの新しい発見を
しました。


ホームページに戻る                       2007.8.25.