先に、旧制度では中学4年からも高等学校に進学出来たと書いたが、当時でも、丁度成長時期に、
1年歳が違うと物の考え方が違い、4年から入学すると子供扱されて、劣等感のため、かえって
人間形成には良くないとの意見もあった。
ヒラリー卿の記事を読んで、当時のこのような意見と合致するように思われた。
教育には精神的な成長と体の成長と頭脳(知識)の成長のバランスが必要のようである。
知識だけを詰め込み、有名校に入れようと、夜遅くまで進学塾に通わせて、子供の心を歪ませては
本人のためにはマイナスにしかならない。
昔から言う「良く学び、良く遊べ」で、このバランスをとって入れる学校にゆけばよい。
社会に出て仕事をしていて分かることだが、東大をでていても、どうしようもない人もいるし、
高校しかでていなくても、立派な仕事をする人もいる。
勉強をすることは必要だし、頭が良いことは本人にとって利点にはなるが、社会に出ると、
それだけが人間の評価にはならないし、もっと他のことが大切になる。
義務教育とは国や親が子供に教育を受ける機会を与える義務があるとゆうことであろう。
中学までの9年間に、その人の能力に応じたところまで勉強すればよいと考えてやれば、それが
ほんとうの、ゆとり教育だと考える。
人間にはバラツキがあるのだから、中学3年で中学1年の勉強をしても、そこまではちゃんと
理解していることが大切で、それが本人の為になる。1年の授業が分からないのに3年の授業を
うけさせることが、義務教育とは思えない。
中学3年までの教育課程を全員にどうしても教えることが必要なら、10年でも11年でもかけて
教育すべきだろうし、個人的にでも国が教育する義務があることになる。
今、何パーセントの人が中学3年の教科を完全に理解して卒業しているのだろうか。
先日、教育課程の改訂、新学習指導要領の内容が新聞報道されていたが、ここに述べたような
教育方法を研究してほしいと思う。