言葉の使い方
昨年、外来語の言い換えについて、国語研究所の提案が報告され、新聞にも
報道された。此れに関して仲間うちで議論したことがある。
日本語では漢字を使っているので、言い換えた言葉に使った漢字から受ける意味の
印象で、読んだ人の理解、解釈に影響があり、なかなか、ぴたっとした言い換えが
なかったように思う。
新聞などに使用されている言葉でも、言葉(漢字)の使用などに違和感を覚える
ものがある。
そんな例について最近感じていることを書いてみます。

憲法改正が論議され始めているが、新聞でも改憲か護憲かと対比して表現されている
ことがある。
改憲も憲法改正なのか、改訂あるいは改定なのかでイメージが違うように思うし、
これに対応するのは反改訂であって護憲ではない。改正なら誤りを正すのであるから
反対するのはおかしいということになるが、反対派は改悪と思うからの反対になる。
改訂派も憲法は護らねばならないが、今の憲法の不十分なところを改訂しようとして
いるのであって、憲法を護らないと言っているのではないのであるから、反対派を
護憲派として対比して表現しているのは、言葉にうるさいマスコミにしては、理解に
苦しむところである。
議論は大いにしたらよいと思うが、表現する漢字で中身が過って伝えられるのは
どうかと考える。

正常と異常(異状)という言葉もよく対比して使われているが、よく考えて使用しないと、
差別につながることになる。
英語ではnormalとabnormalになり正常(normal)は常態とか一般並を表している。
普通に起っていること、大多数であることにすぎない。一方異常は稀にしか起らないこと
を表現しているにすぎない。
気象用語でも異常気象という言葉もよく使われるが、たとえ80年ぶりでもそんなことが
起りうるなら、それが起ることが稀であるだけでそれが起ることは正常である。
正常という言葉に正という漢字が使用されているので、正常は正しいことであるので、
異常は正しくない、悪であるとのイメージになっている。
最近は同性愛なども権利を認められてきているが、これも単純にいうなら大多数でない
ので異常ということになり、正常と対比するなら正しくない、悪であるとなってしまう。
同性愛とか性同一性障害などは人間にある確率で起こりうることであり、そうゆうことは
数は少ないが起ることは常にありうると言えると思う。
大多数が正し存在ではなく、あらゆるバラツキを含めて全てが存在するのであってそれが
自然なことであると受け止める必要が有る。

イラクに対する自衛隊の派遣についても一部では(反対派に多いが)派兵という言葉を
使って報道されたり、反対の記事にされていた。派兵と書けば戦いに行くという意味に
とられるからである。
自衛隊は地震などの大災害の復旧作業に派遣され、感謝されているがこの場合派兵とは
誰も言わない。自衛隊がイラクの戦後の人道復興を援助する目的のために行くのであれば
派兵という表現は当たらないことになる。さすがに、最近の記事では派兵という表現は
ほとんどみかけなくなったように思う。

もう一つ気になるものに「ーーの恐れがある」とだけいう評論家の言葉やマスコミなどの
表現である。いかにも評論家らしい言葉で、最初から逃げを打っていると感じてしまう。
事態が起れば私が指摘しておいた通りでしょうと言い、起らなければ起らなくて良かった
ですねと言ってしまいである。「恐れがある」なら誰でも言えるので、評論するならもっと
はっきりと起るか起らないかを表明すべきであり、それでなければ評論の価値がない。


ホームページに戻る                   2004.2.25.