化学工学の話
化学工学と言っても技術の専門の方以外は、どんなことを専門にしているのか
知らない人の方が多いでしょう。
私は化学工学(大学卒業の時は化学機械学科と言っていた)を専攻して技術屋と
して長年過ごしてきましたが、化学工学は工場の生産設備だけでなく、身近かな
事象に関しても大いに関係する技術分野なので、そんなことを少し書いてみます。

機械工学というと自動車や工作機械など動きが目に見えるものが対象になっており
誰にでも分かりやすいが、化学工学が関与しているもので、一般の人が目にする
設備で多いのが、石油化学コンビナートなどに立ち並ぶ蒸溜塔だと思います。
これらの塔は中が見えず、じっと立っているだけなので、外から見ても中がどう
なっているのか、中で何が起っているのか分からないでしょう。

化学工学で扱う技術分野は伝熱、乾燥、蒸発、蒸溜、抽出、吸収、反応装置その他
多岐の装置に広がっており、性能の良い装置を作るための基本技術になっています。
身近なことを例にして説明すると、鰹節から出汁をとる場合鰹節を塊のまま煮る
ことはしないで薄く削って使う、洗濯物を乾かす時広げて風通しがよく、日が照る
所を選んで行うまた、コーヒーに砂糖を入れたときスプーンで撹拌したら早く溶け
るが、撹拌しなければなかなか溶けないなどは、化学工学的には合理的な方法を選択
していることになります。蒸溜は昔から焼酎を作る時に使われている手法です。

上記の化学工学の技術分野で共通する考え方を表す基本式があります。

 移動速度 = 移動量/時間 = 表面積 x 移動のしやすさ x 駆動力

ここで移動量は鰹節の味覚成分量、洗濯物の水分量や溶け出す砂糖の量などの
物質の場合や伝熱の場合の熱量などになり、右辺の各項目を大きくすることが、
移動速度を速め、装置が小型化され、効率よく目的を果たすことになります。

鰹節は削って茹で、洗濯物は広げて乾かし、砂糖はより細かい粒子の砂糖を使って
溶かすなど、物質移動に関与する表面積を大きくすることが有効になります。
移動のしやすさを大きくするには、鰹節の厚さを薄くして味覚成分の移動距離を減らし
たり、温度を上げて味覚成分の拡散移動を速くしたり、洗濯物を乾かす場合に風通しを
良くして表面からの蒸発速度を速めるなどをします。部屋の中で洗濯物を乾かす場合、
扇風機で風を当てれば速く乾くことになり、砂糖を溶かす場合は撹拌することでコー
ヒー全体への移動が促進されます。
駆動力を大きくするとは、上記の溶かす場合の濃度差、伝熱の場合の温度差を大きくする
ことなどですが、洗濯物を乾かす場合日光に当てて温度を上げれば洗濯物の水の温度が
上がる事でその水蒸気圧が上がり空気中の水蒸気圧との差が大きくなり、より速く乾く
ことになります。

化学工学では上記の式で効率を上げるようにしますが、条件によって同じ操作をしても
その効果があまり期待できない場合があります。
コーヒーに砂糖を溶かす例を書きましたが、氷砂糖の塊を使った場合は撹拌の効果は
あまり期待出来ません。粒状の砂糖を使った場合は撹拌によって、10秒もかからずに
溶けますが、氷砂糖の塊を使った場合はいくら撹拌しても10分以上かかるでしょう。
実用的には表面積の大きい砂糖を使うのが常識になります。
このように、いろんな現象がおこる場合に、どんな因子が全体の速度を決めているのか、
律速段階がどこにあるかを考えて、そこに重点的に対策をし、無駄な努力をして、エネル
ギーを浪費しないように考えるのも化学工学屋の重要な仕事になります。
分かりやすい例でいうと、高速道路の渋滞は料金所の処理能力の不足で起るのが普通です。
ここが律速段階になっているのは明らかですが、対策として料金所のブースを増やす
ことは、一般的には立地的に不可能な所ばかりでしょう。
料金所での処理能力は料金の支払い手続きの速さでも決まってきます。人手でお金を受け
取り、お釣を渡していては処理速度に限界があり、カードなどでの支払いでお金やお釣の
やりとりを無くすることで、かなり改善されましたが、まだ不十分でした。今普及され
つつあるETCのシステムでは車を止める必要がなくなり、多分人手で行っていた時より
10倍ぐらいの改善になっているでしょう。

化学工学で乾燥装置と一口に言っても何十種類もあって、乾かす対象物によって最適な
装置が変ってきます。乾燥してから粉砕して粉末の製品を作ることがありますが、乾燥時に
粉末で製品が得られる噴霧乾燥を採用するなどいろんなアプローチもあります。
一つの製品を製造する設備には、トータルシステムとしての最適化を考えることが求め
られます。
今でも新しい商品の生産設備開発に参加していますが、それぞれの商品にはそれに適した
製造技術が必要になり、技術屋として考え、工夫することが沢山あるので、化学工学は
面白い技術分野だと思っています。

大学を卒業して50年以上経ちますが、我々が学生のころは、まだ、装置の設計について
基礎的な点の研究が盛んに行われていた時代でした。50年も経って化学工学の基本の
部分はほとんど体系化されたように思われます。
大学で化学工学科という名前の学科を持っているところが少なくなり、生物化学工学、
環境化学工学など化学工学に応用分野を冠した学科名とする大学が増えてきました。
これも化学工学の発展を表していると前向きに見ていますが、基本にある化学工学の
考え方、手法は省エネルギー、資源のリサイクルなどの環境問題や身の回りのいろんな
事象を考える時にも役立ちますので、若い人に勉強してほしいと思っています。


ホームページに戻る                      2004.10.29.