JR事故に思う
先月、安全とリスクと責任と題して書いているところにJRの大事故のニュースが入ってきて、
その詳細についてはまだはっきり分からずコメントのしようがない状況でした。
それから約1ヶ月たって、新聞やテレビで多くの報道がなされ、多くの識者のコメントも
発表されています。我々は、そのような公表された情報を基に考えるしかありませんが、
技術屋としての経験を踏まえて、その後思ったことをを書いてみます。

40年ぐらい前に企業の工務関係の仕事をしていましたが、本社、工場の技術者が集まって
失敗管理を目的とする会議を定期的に開いていました。考え方として、失敗はつい隠して
しまいがちになり、対策がされず、設計や管理の上で同じ過ちを繰り返してしまうことになる
からです。
失敗の原因をあきらかにして対策をたて、関係者全員の共通技術とすることで、同じ失敗を
二度と起らないようにすることが大切で、その積み重ねが会社の技術力になります。
企業の中でも、失敗をすると感情的に怒って怒鳴り付けるような上司がいますが、そんな
ことをしていると、だれも怒られたくないので、つい失敗を隠してしまい、改善策に繋がら
ないので、その会社の技術力の向上になりません。

今回の事故に絡んだ情報でも、失敗や事故の原因を明らかにして改善に繋げることをして
こなかったように感じられます。ミスをした人の再教育もこのような見地からというより
見せしめや体罰のようなものであったようで、本当に失敗を無くするのにあまり役立って
いたようには思われません。
今回の事故でも、列車の遅れが恒常化していたのに、それを個人のミスとして、体罰的な
日勤教育をされては、隠したり、つい無理な運転をしてしまうことは当然起りうることです。
恒常的に遅れが出るような、余裕のないスケジュールを組んだことが問題であり、列車の
遅れを冷静に解析して対策をとっておればよかったと思われます。
少なくとも、そんな状況で起っている遅れに対して運転者の責任を追求するような管理は
すべきでなく、今回の状況から見ると2〜3分までの遅れについては、責任を取らせるので
なく、その原因をはっきりさせ、どうしたら遅れが無くなるのか改善をするようにすべきで
あったでしょう。管理者は現場で何が起っているのか、なにを改善すべきなのか、何を指示
しておくべきかを常に認識していることを求められます。
以前ガス燃焼をしている炉の管理に携わったことがありましたが、何かあったら炉を止めても
よいとの方針をハッキリさせていました。炉を止めれば中にある材料は駄目になり、運転再開
にも時間がかかるため、操業している人は責任を感じて運転を止めることをためらいます。
しかし安全のためには止めてもよいとの方針を決めておけば、操業する人も無理をしません。

失敗が起る原因はいろいろあって、その原因によって対策は変わってきます。
知識の不足、技術の不足、経験の不足、精神状態の不安定、集中力の欠如、設備の不備、
ソフトの不備、計画の余裕不足など多くの原因に対して、対策はそれぞれ異なってくる
ので、まず何が真の原因なのかを明らかにしなければなりません。

人間は「ついうっかり」とか思い違いなどしがちです。私なども、歳のせいで「うっかり」
やってしまったといったことが増えてきました。いろんなことに対して確認をするように
気を付けて、予定や約束事は必ず書き留めておくように対策しています。
「うっかり」は誰にでもあることなので、そんな時に事故が起らないための安全対策をして
おくことが第一です。

これも以前工場にいた時の経験ですが、工場内に貨物用の引き込み線がありました。そこは
ほとんど使われていなくて月に数回ノロノロと貨車が通るかどうかの線路でしたが、たまたま
私の前を歩いていた鉄道の関係者が見通しのよい線路を渡る時ハッキリと指差し確認を
されていました。それを見て安全に関する教育が良くなされていることに感心しました。
安全に関することは、そのように身に付くまで繰り返し教育することも必要でしょう。

国鉄時代から日本の列車の運行時間の正確さは世界一と言われてきましたが、無理な時刻表を
作ってはいけません。先に許容時間のことを書きましたが、普通の人は日常生活の中では
数分の余裕はみているのではないでしょうか。
JRやその他の交通機関を利用していて、2〜3分のおくれで怒り出している人はまず見かけ
ないと思います。今回見直しがなされるようですが、駅で駆け込み乗車をする人はよく見る
光景ですが、車掌さんによっては扉を閉めるのを待ってあげています。そんなことで出発が
遅れることも日常的に起ることで、そのようなバラツキも勘案して守れるような時刻表にする
べきだと思います。

管理者は感情的に怒ってはいけません。ただし、場合によっては叱ることは必要でしょう。
叱るには戒める(教えさとす、注意して用心させる)という意味が込められています。
子供の場合でも同じだとおもいますが、親が感情的に怒っては子供は良く育たないでしょう。
しかし、上記のような意味でちゃんと叱ってやることは大切なことです。正しく叱るためには
何故そうなったかを理解して、説明して、どうすれば良くなるかを示すことが求められます。
その裏に叱る相手を育てよう、良くしようとする愛情が込められているかどうかでしょう。

今回の事故についても、感情的にならずどうしたら良くなるのかを冷静に判断して、二度と
事故が起らない対策をしてほしいものです。


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