表札
毎日の日課になった散歩の途中で何となく家々の表札を見ており、色んな表札が
ある事に興味が沸いたので、表札について思ったことを書いてみます。

表札の第一番の目的は自分がそこに住んでいる事を知ってもらう事であると思い
ますが、折角の表札がその目的から考えてどうかなと思われるものも沢山ある
ことに気がつきました。

表札に使用されている材料にはいろいろあって、昔は木の板に黒い墨で名前を
書いたものが殆どで、私も最初に作った表札はそうでした。しかし、現在散歩の途中で
見る表札は、その半分ぐらいが大理石のような白い材料に黒い字で姓名を彫り込んだ
物になっています。我が家の表札も現在はそんな作りで、白地に黒色の文字を彫り
込んだ物になっています。
上記の様に、表札の第一の目的がそこに住んでいるのが誰であるかを知ってもらう
ことであるなら、遠くからでもはっきり読める白地に黒い文字の組み合わせが一番に
選択されるのが当然のなりゆきであると思われます。

ただ、折角白黒の組み合わせで作りながら黒い文字が風化のせいでしょうが、落ちて
しまって白い地肌の彫り込みになってしまって、そばによって良く見ないと読めなく
なっている表札も時々見かけられ、せっかくの表札が充分に役に立っていないものが
あります。
我が家の表札も黒い文字の一部が剥がれてしまったことがあり、黒いエナメルを買って
きて修復したことがありましたが、よそ事ながらちょと手を加えたらよいのにと思って
見ています。

また、どう読んでも日本人の名前だと思われるのに、ローマ字書きの表札があります。
漢字書きの名前の良さは、一見して分かるところにあり、例えば林原という名前をみて
漢字だと一瞬で分かりますが、hayashibaraとだけ書いてある場合、読んで認識する
のに時間が掛ります。ただ、漢字と並列に書いてあれば、難しい漢字の名前の場合に
どう読むか分かるので、見る人に親切であり好ましいことで、そんな表札も時々見かけ
ます。

その他、表札の材質にも最近はいろいろあって、金属材料などにに彫り込んだものなど
多くなっていますが、使用されている材料やその加工方法によって、光線の当たり
具合や見る角度によっては見にくいものが見受けられます。
昔からの木の材料に黒い文字で書いた表札は、現在では少数派でになっており、全体の
一割もないように思われます。木の材料の物は月日と共に風化して地肌が黒ずんできて
読み辛くなってしまっているものが多いようです。そんなことから最近は使用されなく
なってきたのだと思われます。
中にには凄い達筆で書かれた表札で、何と読むのか考え込んだものもありました。
いろんな色使いの表札で地色と文字の色のコントラストが余りハッキリしていない
ものや、文字巾が狭くて美術的には良いかなと思われても、遠目には読みづらいものも
あります。

表札はお店の看板と同じで、其処に住んでいるのが誰であるかを他の人にはっきり
知らせるのが目的であることを忘れずに、多少遠くからでも読み易いように作るべき
だと思って見ています。


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