必修科目履修漏れ
子供達が社会人になって久しいので、最近の高校の学習科目などについては
あまり関心が無く過ぎていたが、報道されているように600校を越える
高校で必修科目を教えていなかったことを知り、考えたことを書いてみます、

今回の問題で一番に思ったのは世界史が必修で日本史が選択科目である事
でした。社会人として世界の歴史を知っておかなければならぬとして必修にする
ならば、日本人として日本の歴史を知らないほうがもっとおかしなことだと
考えないのだろうか。教育基本法で愛国心とか郷土を愛する心だとかが議論
されているが、何れにせよ日本史も必修にするのが当然と思われる。
基本的に、高校までにどんな科目をどのレベルまで教育するのかの基準を決めて
そこまでは必修科目として履修させねばならない。

最近の情報化社会に対応するために、我々の時代には無かった情報が必修
科目として増え、また男子には無かった家庭科も必修になっているようだ。
このように履修すべき科目が増えている一方でゆとり教育として、一週間の
就学日数は5日に減っている。
一方大学の方には世界に通用するレベルの教育をして社会に送りだすことが
要望されており、それに相応しい教育を受けられる人を選別するような入学
試験をすべきであろう。またそのレベルが上記した高校の教育基準と連動して
いることが必要である。
高校の先生は現状の入試に合格出来るように、生徒のためと思って本来必修で
ある科目を削って受験科目を重点にした授業をしていたようですが、そんな違反を
せねばならないような状況を正すことが必要だろう。
我々の時代には選択科目は無く、高校、大学の入試科目がもっと多かったので
今回のような問題も起きなかったのだが、大学が試験科目を減らしているのも
おかしいと思う。世界史からも日本史からも試験問題を出せば良い。
以前に医学部に入学するのに、生物が必修でないのがおかしいと書いたが
大学は専門家を育てるところであるから、学部、学科によって受験必修科目を
もっと増やすぐらいの見識を持って欲しい。(学力低下医者と入学試験題した
中でも、以前に同様の趣旨を書いている)

大学側はレベルを下げられない、高校側は日数は5日に減らされて、教える
べき科目内容は増加しているというギャップをどう埋めるのかを考えなければ
ならない。
大学の入学時期を世界の状況に合わせて9月にしたらとの動きもあることだし、
一つの方法として高校卒業を7月に延ばして大学入学を9月にする。
これだけ延ばせば、週5日になった分の授業時間は充分取り返せるであろう。
この余裕を小学校、中学、高校の教科を通じて配分すれば良い。
さらに必要なら、小学校の入学も半年早くして9月入学にすれば合計1年の
教育期間延長となり、教育内容(単に知識を詰め込むだけでなく、人格形成に
必要な教育)の充実とゆとりの両方を満足させられる。
最近の子供は実際上幼稚園ぐらいで字も読め、数勘定も出来ているから、半年
早く小学校の教育をは始めてもよいだろう。
なお、一方で飛び級制度も認めて中学、高校、大学への進学資格を早めることも
認めるようにする。
我々の時代(旧制度)には小学校の5年から中学校に進学出来、中学4年から
高校(旧制度)などに進学出来た。私は普通に中学5年から高校に入ったが、優秀な
友人で中学4年から進学した者も沢山いた。それに対して、あいつは優秀だから
4年生から進学しても当然として皆が普通に認めていた。私が大学で指導をうけた
先生は、実際そのように、両方で2年の飛び級をされた方でした。

外国で優秀な子供がかなりの飛び級で大学に入学して勉強している様子が報道されて
いたが各段階で1年ぐらいの飛び級はさせればよい。
よく批判の対象にされているように、運動会で手をつないで一斉にゴールをさせ
差をつけないやりかたが馬鹿馬鹿しいのと同じで、優秀な人は早く進学し、のんびり
したい人はゆっくりと修学することを認めていくことが本当のゆとり教育でしょう。
ゆとりは、個人によって差があるので、それこそが個人を大切にする教育だと思う。
昔、旧制高校3年のところをゆっくりと6年かけて卒業した人の逸話も聞いていたが、
本人がそれで満足ならよいのではないでしょうか。
男子の平均寿命が78才にもなっている時代に、大事な教育にもっと時間を掛けても
よい。私の兄弟や子供は皆浪人などで大学の卒業は遅かったが、いずれも良い人生を
過ごしている。若い時の1年や2年をあまり気にすることはないと親も割り切る事が
必要で、横列びより自分の子供に合ったコースを見てあげるのが良い。
また大学も一流大学と言われるところと地方の大学で教授に差があるとは思っていま
せん。私の知っている京都、大阪の大学の先生が、多くの地方の大学に行って教授に
なっておられるし、会社に入ってからの経験でも一流大学の卒業生でも大した事の
無い人も多く、地方の大学出身者でも優秀な人が沢山いました。たまたま入学試験で
数点差で一流と言われる大学を落ち、地方の大学に進学した人では実際上実力に差は
ないでしょう。むしろ、卒業してからの努力のほうが実社会では重要であり、そんな
人が重用されています。


ホームページに戻る                     2006.11.23.