京都の「五山の送り火」に陸前高田市の松で作った薪を燃やすことを放射能
汚染を心配する一部の人の声から中止したことや、支援のために福島県産の
物産の販売を計画したら、輸送してくるトラックのタイヤに放射能が付いて
来るとの反対があって中止したなどの過剰な反応が批判されたのが、つい
最近のことで、このことは、新聞などで大きく報道されていたことであり、
自治体の長としてはそんな世論の動向を知っていて決断するのが当然であったと
思います。勿論知らなくても、事実確認を怠って行った決断が誤っていたこと
ではあります。
今回も前回も同じパターンであって、一部の(数十件)の苦情に対して放射能
による汚染のデータも無いのに、使用しないと決め、その決定にたいして風評
被害を助長するとの多く(数千件)の抗議を受けて、誤った決断をしたことを
謝罪に廻る結果となっている。
市長といった立場で、事実に基づいた正しい決断をせなばならないのに、合理的
でない決断をして混乱を招いた事は許されないことである。
ただ、誤った決断に対して、多くの抗議があったことは、国民の多くが真っ当な
判断力を持っていることを示しており、この点は喜ばしいことでした。
似たようなことで、テレビによく出て来るコメンテーターが東北地方の野菜は
食べない方がよいと発言して批判されていたが、こんなことの積み重ねが風評
被害となって今も続いており、最近の新聞報道でも被害3県の肉牛の出荷頭数は
例年の半分以下で、市場価格も例年を1〜3割下回っているとのことである。
日本人全体の消費行動がまだ風評や不安から抜けきっていないことを示している
のだが、上記したような市長とかコメンテーターは、そんな立場での決定や発言が
風評被害を助長して被害地の復興の足を引っ張っていることを自覚し、後になって
謝る前にもっと言動に注意してほしい。
選挙で選ばれる市長などが、市民の声に敏感に反応するのは必要であるが、根拠の
ある声なのかどうか判断をするために充分に調査したようには、報道からは伝わっ
て来ない。
物事を決断するには、それが事実に基づいた判断からなされているかどうかを検証し
その決断責任を自覚することが求められる。