小学校の英語教育
最近小学校の教育科目に英語を入れるという動きが報道され、賛否の意見が新聞など
にも載せられています。この件について私の思ったことを書きます。

基本的に小学校で英語を全員に教えることには反対です。ゆとり教育で学力が低下
したと批判されているのに、さらに英語教育の時間をとれば益々ゆとりが無くなり
基本的なことを教える時間がなくなってしまうでしょう。そこまでして小学校で英語を
全員に教える価値があるのでしょうか

英語でもフランス語でもその国に生れれば、子供でもしゃべるようになります。
子供が言葉を覚えるのは毎日繰り返し耳で聞いて、それを喋っているからで、理屈で
覚える訳ではありません。
私の従妹で子供のころ海外で生活したのがいますが、その当時は家では日本語を使い
現地の人とはそこの言葉で話すのを、自然に行っていたと聞きました。しかし小さい
時に日本に帰ってきてしまい、すぐに忘れてしまったとのことでした。
言葉は日常生活に必要があり、そんな環境に置かれれば出来るようになるものです。
これは読んだ話ですが、ある会社が海外の会社に技術を教える必要があった時に
技術が良く出来、人柄は良いが英語はほとんど出来ない高卒の技術者を派遣した結果
何年かの駐在期間中に現地の人と親しくなり、立派に仕事をして帰ったとのことです。

言葉は理屈でなく、犬は英語でドッグと覚えるしかありません。わたしは記憶が悪い
ため英語の単語が中々覚えられず学生のころ英語が嫌いでした。兎に角英語の試験の
前には単語カードを作って、ひたすら繰り返し見て記憶するのに必死でした。
そんなにして覚えても、中学、高校のころは日常生活に英語は必要がなく、直ぐ忘れて
しまうだけでした。私が小学校のころに英語を少し教育してもらっていたと仮定しても
今の自分の英語力が良く成っていたとは、とても思えません

大学になると専門のなかで英語の文献を読む必要が出て来て、嫌でも英語を読まねば
ならくなり、それから英語が身に付き始めたように思います。それから会社に入って
仕事で外人と話をせねばならなくなって、会話もするようになりました。
最初に相手になったのがドイツ人だったのが幸いで、ドイツ人相手に英語でやりとり
する場合、撥音が分かりやすくお互いに外国語だったのでゆっくり喋るのがよかったと
思っています。その後も仕事では海外出張で英語で仕事をする機会が多くなり、自然と
英会話も身に付けていったように思います。

英語を聴いて理解するにはやはり耳を慣らすことが必要だと分かってきて、ラジオの
英会話放送を、毎日朝の食事の間も付けっぱなしにしておくことをやりました。
それ以外では英語の小説を通勤電車の中で、部分的には分かっても分からなくても
辞書をひかず兎に角読み通すことをやりました。
要するに、子供が言葉を覚えると同じ状況に身を置いたことになります。

小学校で週に何時間か教えても、家に帰ったら周りが英語を喋らない英語と無関係な
環境では、上記の従妹の例のように、身につくとは思えません。貴重な教育の時間と
お金を無駄にしてしまうことになります。
言葉を身に付けるには、兎に角繰り返し聴いて耳を慣らすことが一番で、国がそこまで
やる方針であれば、生徒全員にヒアリングの器機と教材と与えて、毎日一時間は家で
聴かせるようにするぐらいのことをしなければ効果は無いでしょう。

個人的に能力と時間に余裕があって、英語に興味がある子供は大いに英語教室に通って
英語の勉強をすればよいと思うし、文部科学省が日本人の英語力を延ばしたくて、教育
予算をつけるのであれば、興味を持って、学ぼうとする意欲を持った人が通う、そんな
教室に補助金を出す方がよっぽど予算を有効に使うことになるでしょう。
興味が無く、英語を身に付ける環境に無い子供に教育予算を使って教えても全く無駄に
しかなりませんので、財政難の折りから税金を有効に使ってほしいものです。


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