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Bちゃんの場合 (あたらしいふれあい 98年11月号より) 
Bちゃんが「愛の手」に掲載されたのは、今から4年前のこと、すでに6才前になっていました。両親が離婚して「愛の手」に掲載されるまでの4年の間に、Bちゃんは親権者の父親の都合で8カ所も居場所が変わりました。そして、その都度、養育者も変わりました。それは幼いBちゃんにとって、不安定で辛い4年間だったと思います。そういう私も父親の仕事の都合で、5回ほど転校したことがあります。環境に慣れたと思いきや、また引っ越し、というのは、子どもにとっては納得のいかない悲しいことです。そのうえ、「言うことをきかない」といって、父親から叩かれるということもあり、愛着関係を結ぶのにもっとも大事な時に、Bちゃんは十分な世話をしてもらっていませんでした。住まいの幾度かの移動の末に、「こちらがいくら良い子にしていても、どうせすぐに放り出されるんだ」と、子ども心に諦め、やけになったこともあったでしょう。Bちゃんは転々と代わった養育者から「子どもらしくない」「嘘をつく」などと言われてきました。
そんなBちゃんに、なんとしても十分に愛してくれる養親を探したいと奮闘しましたが叶わず、施設入所となりました。そして、「愛の手」に掲載された翌年の春から、週末里親さんに月1〜2回関わっていただくことになり、今の養親さんに決まるまでの約2年半の間、家庭の味や雰囲気を体験することができました。同時に施設での生活にも慣れ、Bちゃんにとってやっと安住の場が確保できたようでした。
そんなBちゃんに「このご夫婦なら」と思える里親のMさん夫婦に出会えたのです。親子関係が結ばれるまで相当な困難が予想されることを判った上で、Mさんは「ぜひ引き受けたい」と言ってくださり、初めての面会となりました。その後、順調に面会と外泊を重ね、引き取りとなったときには、Bちゃんは9才になっていました。
それからのBちゃんのわがままぶりには「超」がつきます。なにしろ今までのことを全部取り戻そうというのですから。協会も、しばらくは全面受容で甘えを引き受けてくださいとお願いします。それなりのプライドを持った9才の子どもがどこまで甘えるのか、私にとっては先輩から聞いているだけで未知の体験でした。
まずは言葉による暴力が強烈。Mさんのおじいちゃんに向かって「早く死ね!」、里父さんには「きたない!あっちへ行け!」などは日常茶飯事、里母さんにはすぐに「うるさい!」「黙れ!」などと言います。ちっともめげずにおじいちゃんが面白がって言い返すと、Bちゃんはふくれて襖を蹴破ったりしました。里母さんが自分のことを「お母さんはね・・」と言おうものなら、ただちに「本当のお母さんじゃないもん。私には本当のお母さんがちゃんといる」と言い返します。腕によりをかけて料理をしても「ダイエットするから食べない」と生意気なことも言います。
やがて赤ちゃん返りが始まり、里母さんにおんぶをせがみ、毎日何度も階段を往復させました。しかも、その里母さんの背中の上で、わざとゆさゆさと身体を揺すり、危ないことをするのです。
これに対してBさんはどうかというと、一言で言えば子育てを楽しんでおられます。ほとんどの里親さんと同じように、Mさんも子どもが好きで、欲しくてたまりませんでした。初めてBちゃんと会った時、「かわいいな。絶対に話すものか」と思ったそうです。そして、大人だけの穏やかな生活が長く続いたところに、元気一杯の小学3年生の女の子が来たのです。家は一挙ににぎやかになりました。前述したように、Bちゃんはたいそう口がたちます。憎らしいことを言われると腹も立ちますが、Mさんは「バカにされながらも話題についていけるようがんばってます」と笑いながら言います。小学校ではPTAの役員を引き受けたおかげで、学校内のことがよく分かるようになり、忙しいながらとても勉強になるそうです。今まで知らなかった世界を、子どもを通して体験することができ、気持ちが若返ったと話します。
注意をするとすぐにふくれるBちゃんですが、大好きなおんぶをしてやると機嫌が直ります。9才ですから、かなりの体重です。Mさんの首に回されたBちゃんの手が、Bちゃんの体重の重みでMさんの首がしまり、相当苦しい思いをするのですが。
MさんとBちゃんが今年の5月に縁組が終了しました。その時に、Bちゃんの目の前で書類を広げ、「これでお父さんとお母さんは里親ではなく、あなたの親になったんだよ」ときちんと説明しました。同時に、親戚縁者には「このたび、Bとの養子縁組が成立しました。引き取ってから親子関係を少しずつ深めております。これからしっかりとした親子の絆をつくっていきたいと思っています」という挨拶文を発送しました。
人一倍、しんどくて大変な時期を、Mさんを始め、養親さんはどうして乗り越えられるのでしょう。時に残酷なまでの子どもの要求に、なぜ応えることができるのでしょうか。この仕事をしながら、養親さんのひたむきさにいつでも感動を覚えます。子どもたちが将来、私を訪ねてきてくれるようなことがもしもあれば、しっかりと、この「ひたむきさ」のことを話したいと思っています。
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